日常の些細な出来事から、ゆるくお付き合いください。
先日、思いがけず航空機のファーストクラスに座る機会がありました。理由ははっきりとは分かっていませんが(調べていませんが)、機材変更の影響か、予約していた座席が変更となり、ファーストクラスが割り当てられていたようです。実際、2歳半の子どもを膝に乗せての搭乗だったため、広いスペースは非常にありがたく。また、そこで提供されるサービスにも「なるほど」と感じる点が多くあったので、ここに書き留めておこうと思います。
ファーストクラスというだけあって、座席の広さや座り心地の良さはもちろんのこと、客室乗務員によるサービスもワンランク上でした。
とはいえ、国内線でありフライト時間も短いため、機内食などの特別なサービスが提供されるわけではなく、ファーストクラスだからといって、普通席に比べて原価が大きくかかっているようではありません。座席や設備も、毎回の運航でコストが発生するものではなく、むしろ初期投資としての性格が強いと言えます。むしろ、いわゆるホスピタリティとして提供されるソフト面のサービスの積み重ねが、価格帯に反映されているということを肌で感じる経験でした。
こうした“ソフト・パワー”に対して、原価積み上げではない価格設定がなされるという点は、ホスピタリティ産業の大きな特徴でもあります。これはマーケティング理論においても「サービス・ドミナント・ロジック(Service-Dominant Logic:S-Dロジック)」として説明されています。
S-Dロジックは、2004年にマーケティング研究者のスティーブ・バージ(Stephen Vargo)とロバート・ラッシュ(Robert Lusch)によって提唱された考え方で、それまで主流だった「モノを売る」という発想とは異なる、サービス中心の価値観を提示する理論です。従来のマーケティングでは、企業が製品(プロダクト)を作り、それを顧客に「提供」するという“モノ中心”のモデルが一般的でしたが、S-Dロジックでは、「サービスこそがすべての経済活動の本質であり、価値は提供者と受け手の間で“共創”される」と考えます。
この考え方は、世の中が「サービス経済化(Servitization)」へとシフトしてきた流れ(Vandermerwe & Rada, 1988)とも重なります。観光の文脈で言えば、航空機や宿泊施設といった「ハコ」を売るだけでなく、その中での体験や、文脈に応じたサービスを含めて価値が形成されていく時代です。
今回のファーストクラスの体験も、単に広く上質な座席があるだけでなく、丁寧な声かけや、子どもへのきめ細やかな配慮といった、目に見えにくい「サービス」が組み合わさることで、普通席とは明確に異なる“特別な体験”として成立していると整理できます。
さらに重要なのは、サービスが一方的に提供されるものではないという点です。顧客の属性や、その都度の状態に応じて適切な対応がなされ、顧客のニーズと合致したり、期待を上回ることで初めて「価値」が生まれる、このような双方向的な価値創造的プロセスです。
ファーストクラスでの体験は、こうしたS-Dロジックを非常に分かりやすく実感できる事例でしたが、観光の世界では、こうした価値共創の場面は至るところに存在していると感じます。