「華奢なのに芯が強い」「強面なのに優しい」「野性的なのに上品」等、一見すると相反する要素が同居している対象に、人はなぜか強く惹きつけられることがあります。こうした、矛盾関係にある複数の要素が共存する魅力は、その曖昧さやゆらぎゆえに言語化が難しいものですが、どこか本能的に気になってしまうのだろうと感じます。
心理学ではこのような状態を「アンビバレンス(両価性)」(*)と呼ぶようです。対象に対して、愛しさと怖さ、惹かれと反発といった相反する感情を同時に抱く現象とされています。また、ブランド論においては「パラドックス・ブランディング」という考え方があり、Louis Vuitton×Supreme、Gucci×Adidas、Disney×Balenciaga×Crocs など、意外性のあるブランド提携が実際に採用されています。
少し話がそれましたが、この“矛盾の魅力”は観光の世界においても見出せるのではないでしょうか。
たとえば、アマンリゾーツが体現する「裸足のラグジュアリー」というコンセプト。ラグジュアリーでありながら野性的でもある。洗練と素朴が共存するその世界観には、まさに相反する要素が絶妙なバランスで共存しており、それが本能的な魅力につながっているように感じられます。だからこそ、アマンは世代を超えて世界中のラグジュアリー層を惹きつけ続けているのかもしれません。
では、このような“矛盾の魅力”を意図的に創り出すことは可能なのでしょうか。多くの場合、意識して作ろうとすればするほど、つくった感が前面に出てしまい、魅力が一気に色あせてしまいます。
特に地域に根ざした観光体験においては、訪問者の経験熟度が高まるにつれ、“ホンモノ”の重要性が増してくるといえます。表層的に作られたものでは、本質的な体験価値には到底届かず、かえってチープな印象を与えてしまうことすらあります。そうしたときにヒントとなるのが、「もともとそこにあるもの」への眼差しかもしれません。
自然環境にせよ、地域文化にせよ、それぞれの土地には本来備わっている生態系を背景にした均衡が保つような系があると考えられます。こうした既にある系に立ち返りながら、そこに工夫を加えていく。今回取り上げているような矛盾の魅力でいうと、少しの“ズレ”や“ゆらぎ”を加えていくことでしょうか。そのバランスの中にこそ、そこにしかない「訪れる価値」が生まれるように思われます。
近年、科学や環境学の分野では、「伝統的生態学的知識(Traditional Ecological Knowledge, TEK)」に対する関心が高まっています。まさにこの視点は、上記のような“もともとある系”に学び、土地と人との関係性を読み解く試みに通じます。TEKは、その土地の地勢や生態系、人間の営みが相互に作用し合いながら培ってきた知識や技術の集合体であり、そのバランス感覚には、現代に通じる創造のヒントが詰まっているといえるでしょう。
少し話が長くなりましたが、まとめると、
“矛盾の魅力”は、確かに人々を惹きつける力を持っています。しかし、それを人為的に作ろうとすると、どうしても「わざとらしさ」や「つくりもの感」が出てしまい、観光に求められる“ホンモノ”としての価値が失われてしまいます。そうした中で重要なのは、あらかじめその土地に存在していた「系」に学び、それを活かす形で新たな価値を育てていくことなのではないか、という頭の整理でした。
(*)オイゲン・ブロイラーが「Ambivalenz」と言う用語を創始したとされ、ジークムント・フロイトがそれを精神分析理論に組み入れた(出所:Wikipedia)
参考文献
Daye, D.(2022年3月)「The Paradox of Brands」『Branding Strategy Insider』
https://brandingstrategyinsider.com/the-paradox-of-brands/
山口 由美(2024)『世界の富裕層は旅に何を求めているか:「体験」が拓くラグジュアリー観光』光文社新書, No.1309.