はじめに:人口縮小社会という前提
地方地域において人口縮小は避けては通れない現象であり、今後もこのトレンドは続いていくと言えます。既存の社会システムは、基本的には人口や経済の成長を前提とした仕組みとなっており、今後の地方地域社会では、これまでのやり方だけでは耐えきれなくなると考えられます。
こうした事象への向き合い方については、『「風の谷」の希望』の中でも非常にわかりやすく説明されています。同書では「逆のスケーラビリティ」、つまり縮小する環境に適応しながら、効率的に社会機能を維持し、豊かさを損なわないあり方と能力が必要であると言及されています。
筆者がこれまで携わってきた多くの地域、特に離島や半島地域は、長年こうした課題に向き合ってきた、まさに「日本の縮図」とも言える場所です(『世界がかわるシマ思考』制作委員会, 2024)。
筆者はしばらく前に、人口低密度地域での観光振興について考察を行いました(※1)。しかし、地方地域の状況は刻一刻と変化しています。本稿では、以前の論考からさらに一歩踏み込み、多くの地域が直面する社会の縮小(※2)という現実に対して、観光をいかに活かすことができるか、その可能性について考察したいと思います。
(※1)人口低密度地域における観光振興の可能性(公益財団法人日本交通公社コラム)
(※2)ここで縮小とは、少子高齢化と生産年齢人口の流出の相乗による地域社会の縮小をイメージしています。
観光の活かし方:地域資本を共創する観光
観光に多面的な機能が備わっていることは既知の事実ですが、前述のような地方地域の現状に対しては、単なる誘客や認知向上といったフローの効果だけでは不十分かもしれません。観光を梃子(てこ)にして、地域の基盤そのものを強化するストックの形成にこそ、その力を活かすべきではないでしょうか。
ここでは、具体的に以下の2つの視点から考えてみたいと思います。
- 「需要の多層化」による社会機能の維持 〜多産業連携の可能性〜
人口縮小局面にある地域では、あらゆるサービス提供において「供給力不足」や「需要量の不足」が恒常的に発生します。切実なニーズがあっても担い手がいない、あるいはサービス(事業)として成立させるための需要量が足りない、といったケースです。ここで、観光の持つ「裾野の広さ」や「多様な産業との親和性」が活きてきます。
例えば、高齢化が進む地域で住民向けの配食サービスが必要とされているものの、住民だけの需要では事業採算が合わず、行政の補助金にも頼りきれない場合。ここに「観光客向けの食事提供」という需要を重ね合わせることで、事業としての採算ラインを超えさせ、サービスの恒常的な提供を可能にするという考え方です。
あるいは、来訪者の快適性向上を名目としたWi-Fiや公衆トイレ等のインフラ整備も同様です。住民が必要としていても予算がつかないインフラに対し、観光という外部需要を根拠に投資を行うことで、結果として住民の生活の質を向上させることができます。
今や全国各地で展開されている株式会社キッチハイクの「保育園留学」も、移住促進や地域の子どもの教育環境維持という課題に対し、観光(留学体験)という需要を組み合わせることで成立している、複合的なサービスモデルと言えるでしょう。
- 非経済的価値の経済価値化 〜テリトーリオの視点〜
観光における「そこにしかない体験価値」は、その土地に根付いた暮らし、精神、産業といった個々のピースが有機的に結びつくことで生まれます。
しかし、各地域が持つ唯一無二の魅力(歴史・文化・アイデンティティ等)は、現代の短期的な市場原理の中では「非合理・非経済的」と見なされ、切り捨てられてしまいがちな側面もあります。
ここで、イタリアの農村に根付く「テリトーリオ(Territorio)」の概念と考え方に学びを得ることができます。これは、地域を単なる行政区画ではなく、歴史や文化、景観が一体となったシステムとして捉える考え方です(※3)。
観光は、こうした地域の文脈に紐づく様々な要素を束ね、価値化する機能を持ちます。つまり、市場経済の中で経済性を担保しながらも、一見すると非合理・非経済的な要素を「価値あるもの」として守り、循環させていく力があると言えます。
(※3)木村純子・陣内秀信編著『イタリアのテリトーリオ戦略:甦る都市と農村の交流』(2022年、白桃書房)で、その概念がわかりやすく説明されています。
複数地域での事例
実際に、観光を通じて地域の資本を共創・蓄積している事例を見てみたいと思います。
島根県海士町:教育と観光の融合
「子どもを自然の中で遊ばせたい」という保護者の想いから始まった活動が、NPOや行政を巻き込み、「森の幼稚園」としての認可や、高校魅力化プロジェクトとの相乗効果も生み出しています。これは観光的な要素(自然体験・視察)も入り口としながら、結果として子育て環境の充実や雇用創出を生み出し、教育という側面から地域の人的資本を共創した好例と言えるのではないでしょうか。
新潟県佐渡島:廃校を再生する循環の拠点に
廃校となった小学校を酒蔵として再生した「学校蔵」の取り組みです。ここでは酒造り体験を通じて世界中から人を呼び込みながら、地域の原料や再生エネルギーを活用し、資源と人の循環を生み出しています。廃校という負の遺産になりうる場所を、島内外の人々が交わる「共有資産」として再定義し、地域の活力を蓄積しています。
伊トスカーナ州:非効率性をブランドへ(分散型オリーブオイルミュージアム)
生産効率の悪い在来種のオリーブを、あえてテリトーリオの独自性として活かした事例です。古い搾油所などを活用した「分散型ミュージアム」を展開することで、新たな大規模投資を避けつつ、景観や住民の誇りを守り育てています。非効率さを「固有の価値」へと昇華させ、地域ブランドという資本を強化しています。
終わりに
冒頭で述べたようなこれからの多くの地域社会においては、観光の活かし方についても、消費型つまりフロー型の観光から、資本を蓄積させていくようなストック型としていくという思考がますます必要となってくるのではないでしょうか。
供給側にとっては観光を通じて地域の基盤を盤石としていくこと。需要側にとっては、そうして守られた地域の生き生きとした暮らしそのものに触れること。この双方の両立関係を築くことが人口縮小社会において観光が果たしうる可能性のひとつとしてあるのではないでしょうか。
少し理想論かもしれませんが、筆者はこうした観光の力を活かしていきたいと強く思っています。
参考文献
- 安宅和人・「風の谷」を創る『「風の谷」という希望――残すに値する未来をつくる』(英治出版、2022年)
- 『世界がかわるシマ思考』制作委員会(著)・離島経済新聞社(編)『世界がかわるシマ思考――離島に学ぶ、生きるすべ』(英治出版、2024年)
- 木村純子・陣内秀信(編著)『イタリアのテリトーリオ戦略:甦る都市と農村の交流』(白桃書房、2022年)
- Consorzio Olio Seggiano. “The Oil Museum”. https://www.consorzioolioseggiano.it/en/oil-museum/ (accessed October 7, 2025).
- NPO法人隠岐しぜんむら. 「お山の教室|日本海の離島・海士町の森のようちえん」. https://ama-morinoyouchien.com/ (2025年10月26日閲覧).
- 尾畑酒造株式会社. 「学校蔵」. https://www.obata-shuzo.com/home/gakkogura/ (2025年10月26日閲覧).