イタリア「偽レビュー対策法案」に見る観光産業の新課題

観光分野において「口コミ」が果たす役割は年々大きくなっている。人々の観光行動の選択においては、オンライン上のレビューが意思決定を左右することは各種調査でも明らかになっている。その一方で、虚偽や不正に操作されたレビューの存在が、事業者間の公正な競争を阻害するという問題が深刻化しつつある。

こうした状況の中、2025年にイタリア議会に提出された「中小企業に関する年次法案」は、観光・飲食業に関する偽レビュー対策を法制化しようとする意欲的な試みである。

法案の概要

上記法案の第IV章(第12条〜第17条)は、イタリア国内の飲食店や宿泊施設などに関するレビューを対象に、消費者保護を目的とした新たな規制を導入しようとしている。主な内容は以下の通りであり、レビュー投稿者の本人確認や施設側の権利の保護、不正行為の禁止と罰則等を設けている。

中小企業に関する年次法案:Disegno di legge annuale sulle piccole e medie imprese(主に第IV章(第12条〜第17条)から抜粋)

1.本人確認と利用実績の検証
 レビューを投稿する消費者は、実際にサービスを利用したことを証明し、本人確認を受ける必要がある。

2.投稿期限の設定  
 レビューは利用から15日以内に投稿しなければならない。

3.施設側の権利  
 施設の代表者は、虚偽・誇張・不正確なレビューの削除を求めることができる。さらに、改善措置を講じた場合には、2年後に過去のレビュー削除を請求する権利も認められる。

4.禁止事項の明確化  
 レビューや評価の売買、インセンティブによるレビュー操作、別のサービスに誤ってレビューを紐づける行為を禁止。違反者には最大1,000万ユーロの罰金が科される。

5.行動規範の導入
 レビューの信頼性を担保するため、仲介業者やプラットフォームに「行動規範」の採択を義務づける。監督は通信規制機関(AGCOM)と競争・市場庁(AGCM)が担い、ガイドラインの策定や遵守状況の監視を行う。


背景にあるデータ

この法案の背景には、レビューが観光市場に及ぼす影響の大きさを示す調査結果がある。イタリアの産業省調査センターが2024年10月に公表した報告書「Fake reviews, l’impatto sul settore turismo」によれば、宿泊予約の82%、レストラン選択の70%がレビューの影響を受けている

また、Tripadvisorは、2022年に130万件の偽レビューを検出したと公表している。これは全体の4.3%に相当し、2020年の94万件から増加傾向にある。

さらに、TrustYouが行った調査では、肯定・否定の両方を含むレビュー、写真付きレビュー、数値評価と体験談を組み合わせたレビューは高く評価される一方、短文や一方的に否定的なレビューは信頼度が低いことが示されている。

つまり、レビューは観光市場を動かす重要な情報である一方、その信頼性をどう守るかが喫緊の課題となっている。

なぜ偽レビューは存在するのか

偽レビューが投稿される動機として最も大きいのは経済的な理由である。評価を高めたい事業者は自作自演で星を増やし、逆に競合を貶めたい事業者は低評価を投稿する。さらに、報酬と引き換えにレビューを投稿する“代行業者”も存在する。

一方で、個人利用者によるケースもある。割引やポイントといったインセンティブを得るために良いレビューを書く人、あるいはトラブルをきっかけに実際以上に悪い内容を投稿する人もいる。観光や飲食は「体験型商品」で事前に品質を測りにくいため、レビューが購買決定のカギとなりやすい。だからこそ、レビューが“通貨”のように扱われ、不正に操作するインセンティブが強まるのである。

現在はEU法との調整段階

なお、この法案はまだ成立には至っていない。イタリア政府は2025年5月に修正版を欧州委員会へ再通知し、現在は議会での審議段階にある。背景には、EUの「デジタルサービス法(DSA)」との整合性がある。

EUは加盟国ごとにバラバラなルールを作らせず、統一された市場規制を重視している。とりわけプラットフォーム規制は国境を越える性質を持つため、EU全体での一元的なルールが欠かせない。イタリア案は当初、レビュー投稿者の本人確認や強制的な削除義務をプラットフォームに課そうとしていたが、これはDSAが禁じる「一般的な監視義務」に触れるおそれがあると指摘された。

そのため修正版では、本人確認などの責任を投稿者本人に限定し、プラットフォームへの過剰な負担を排除する方向へと修正された。これにより、EU法との摩擦を減らしつつ、消費者保護を進めるバランスを取ろうとしている。


レビューをどう守るか

観光におけるサービスは「体験」という無形財であり、消費者は事前に品質を判断しにくい。だからこそ、他者の経験を共有するレビューが市場における「信号」として重要な役割を果たしている。

しかし、もしレビューが虚偽であれば、市場は歪み、消費者の信頼は失われる。長期的には観光地のブランドや持続可能性を損なう危険がある。イタリアの試みは、レビューを公共的な情報インフラと位置づけ、その信頼性を担保する仕組みを法制度として導入しようとする実験といえる。

無論、偽レビュー及び偽レビュー投稿者を発見し、対応する技術や体制、Google maps等の国際横断的に使用されているレビューのプラットフォームへの対応等、完全に偽レビューを防ぐことはまだまだ難しい。ただ、「レビューをどう担保するか」という問題提起は、世界中の観光地に突きつけられた共通のテーマであると言える。そこで過ごした人々の声が「正しく伝わること」こそ、地域の魅力を長期的に支える基盤となる。イタリアのチャレンジの行方は今後も注視していきたい。

本コラム投稿者

江﨑 貴昭
EZAKI Takaaki

千葉県出身。理系の観光学科を修了後、旅行・観光専門のシンクタンクにて、様々な地域における観光・まちづくりの調査や計画づくり等に従事。霞が関(観光庁)での勤務経験を持つ。
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