スペイン・カタルーニャ州における民泊規制と財産権制約に対する正当化について

カタルーニャ州政府は2023年11月、観光客向け住宅(いわゆる民泊)の急増が居住用住宅市場や都市環境に与える影響に対処するため、「法令3/2023(観光用住宅の都市計画制度に関する緊急措置)」(以下「本法令」という。)を公布した。本記事では、本法令について、カタルーニャ州政府による財産権制約に対する正当化のロジックについて紹介する。

カタルーニャ州における民泊規制の背景と制度的要点

カタルーニャ州では近年、民泊が急増し居住用賃貸住宅の供給減少と家賃・住宅価格の高騰を招いたことで、観光客過多による地域住民の生活環境悪化やジェントリフィケーションといった都市問題を生じていると指摘されている。こうした背景からカタルーニャ州政府は2023年11月に本法令を公布し、以下の内容を含む民泊の新規許可と存続に対する包括的な規制に踏み切った。

①事前の許可取得
居住用住宅を観光用途へ転用することに対し、対象地域での事前許可制(都市計画上の許可)を導入した。具体的には、「住宅市場が逼迫している自治体」か「観光住宅の集中による都市環境悪化のリスクがあると認められた自治体」(以下「対象自治体」という。)を対象とし、対象自治体では住宅を観光用途に転用する前に、自治体の都市計画に基づく事前の許可(ライセンス)の取得(5年間有効)を義務付けた。

②総量規制
事前の許可取得に加えて、総量規制(ライセンス数の上限設定)を導入した。対象自治体は本法令に沿うよう都市計画を改定し、その中で当該自治体内の民泊の総数について人口100人当たり最大10件を超えない上限を定める必要がある。

なお、具体的な対象自治体の名前は本法令の附則に列挙されているところ、5年ごとに見直される予定であり、「住宅市場が逼迫している自治体」及び「観光住宅の集中による都市環境悪化のリスクがあると認められた自治体」の基準として、以下が設定されている。

  • 「住宅市場が逼迫している自治体」
    • 個人または世帯の予算における家賃または住宅ローンの平均負担額に、基本費用および光熱費を加えた額が、平均収入または平均世帯収入の30%を超える場合
    • 本法令施行前の5年間において、住宅の賃貸料または購入価格が、カタルーニャ州の消費者物価指数の上昇率を少なくとも3パーセントポイント上回る累積上昇率を示している場合
  • 「観光住宅の集中による都市環境悪化のリスクがあると認められた自治体」
    • 本法令の承認時点で、民泊の比率が住民100人あたり5戸以上である自治体

「営業の自由」の制約に関する正当化

民泊規制については、観光目的で住宅を賃貸する行為は住宅所有者の経済的権利の一部であるとして、事前許可等によってそれを制限することは、私有財産権を制約し違憲であるとの主張がなされることがあり、実際にカタルーニャ州でも、同様の主張がなされている。こちらについては、法令の制定時に、カタルーニャ州政府によって以下のような整理がなされている(筆者による整理要約)。

1. 目的の正当性

  • 本制度の目的は、市民の恒久的かつ通常の住宅へのアクセスを確保し、都市環境の均衡を維持することである。
  • EUサービス指令によれば、「都市環境の保護」は公共の利益のためのやむを得ない理由に含まれるとされている。カタルーニャ自治憲章26条も、適切な住宅へのアクセス権を法律で保障することを定めており、これは市民が正常な生活を営むために不可欠な権利である。
  • したがって、「市民の住宅へのアクセスを確保する」という目的は、公共の利益に基づく正当な目的と認められる。

2. 手段の必要性・比例性

本法令の事前許可制度は、以下の点から目的達成のための適切な手段であると評価できる。

  1. 非差別性
    • 許可義務は国籍や個人属性に基づく差別を伴わず、法令が定める条件を満たす自治体に所在するすべての住宅に平等に適用される。
  2. 必要性
    • 民泊の急増により、居住用住宅の供給が著しく減少していることが確認されている。
    • 市民が恒久的な住宅を確保できるようにするためには、事前の規制介入が不可欠である。
  3. 比例性(均衡性)
    • 事前許可制度は、住宅供給の確保という目的を達成するために適切であり、必要な範囲を超えていない。
    • 事後規制では効果が乏しく、同等の結果を得られるより制限の少ない代替手段は存在しない。

なお、スペイン憲法裁判所は2025年3月に、本法令の合憲性を認める判断をしている。

『都市への権利』という観点から

フランスの哲学者アンリ・ルフェーヴルが1968年に提唱した「都市への権利(Right to the City)」は、都市における包摂性やアクセス権、民主的な都市運営を中心に据える概念である。ルフェーヴルによれば、都市空間は市場原理によってのみ支配されるべきではなく、それを日々利用し生活する市民こそが、都市空間のガバナンスを担うべきだとされる。この概念には、多様な社会運動によって再解釈・発展が加えられ、住宅への権利、公共空間へのアクセス、ジェントリフィケーションへの対抗といった具体的要求が含まれている。すなわち、「都市への権利」とは単に都市の資源にアクセスする権利だけでなく、都市に居住し続ける権利、都市の意思決定に参加する権利、そして市場原理による排除(高級化や観光地化による住民追い出し)に抗する権利を包含する包括的ビジョンとなっている。

このルフェーヴルの理念から見たとき、本法令は幾つかの点で「都市への権利」を具体化する試みと評価できる。

まず住宅へのアクセス確保という点では、本法令が民泊への無制限な住宅転用を制限することで、地域住民が適切な居住の場を享受できるようにしている。実際、本法令の緊急措置は「観光住宅の急増が居住用住宅の数を減少させ、市民の住宅アクセス権を脅かしている」という認識に基づいている。

次にジェントリフィケーションへの対応という観点では、民泊が地域にもたらす人口構成の変化や住宅価格高騰への歯止めとして機能している。観光客向けの高収益用途へ住宅が流れる現象は、従来の住民、とりわけ低中所得層の居住継続を困難にし、結果的に地域からの立ち退きを招く。

本法令は事前許可制と総量規制によってこの流れを調整し、「居住の場としての都市中心部を住民の手に取り戻す」というルフェーヴル的課題に応えているといえる。実際、カタルーニャ州政府は本法令の目的を「住宅市場の逼迫緩和と都市環境の均衡維持」に置いており、高密度の民泊が地域コミュニティにもたらす過度な観光化を抑制する意図を明示している。

まとめ

観光産業は地域経済にとって重要な柱でもあり、住宅規制とのバランスをどのように取るかは引き続き議論が必要である。また、民泊規制をくぐり抜ける手段(例えば無許可営業)への対応など、課題も残されている。

しかしながら、本法令とそれを支持したスペイン憲法裁判所判決は、観光自治体における住宅政策と都市空間のあり方をめぐる重要な先例となった。本件は、都市居住者の生活環境や住宅アクセスを守るためであれば、従来市場原理に委ねられてきた不動産用途の制限であっても、少なくともスペインにおいて司法の支持を得た形で制度的正当性を獲得したと言える。

とりわけ、本法令の主要な目的は「住宅の社会的機能」を回復し都市の居住環境を維持する点にあり、これはルフェーヴル的な「都市への権利」の理念を法政策として体現したものと評価できる。本法令が示した方向性、すなわち「都市を訪れる者の権利」との調和を図りつつ「都市に暮らす者の権利」を守る政策アプローチは、世界各地の観光都市が直面する問題に対し一つの指針を提供するものであると考える。

本コラム投稿者

池知貴大
IKEJI Takahiro

豪州の大学院でデスティネーション・マネジメントを学んだ後、都内のシンクタンクで観光地のまちづくりに携わる。現在は弁護士とシンクタンクにおける研究員として、文化・観光・まちづくりが交差する領域をサポート。