シカゴ市のNeighborhood Opportunity Bonus制度:長期視点で都市の個性と価値に着目した再生策

都市再生に求められる長期視点と地域性

都市経営を考える上で重要なのは、短期的な収益や効率にとどまらず、中長期的な視点で地域固有の文化や都市としての個性を育むことである。目先の利益を追求するだけの開発は、街の魅力や持続的な成長力を損なう危険がある。むしろ地域コミュニティの活力や歴史・文化資産を尊重し、都市全体の質を高めることが将来にわたる持続可能な発展につながる。

このような考え方に基づき、米国シカゴ市が導入したネイバーフッド・オポチュニティ・ボーナス制度 (Neighborhood Opportunity Bonus)は、都市の開発利益を広く市内に還元する先駆的な仕組みとして注目される。

制度の概要と目的

2016年にシカゴ市議会で制定された本制度は、ダウンタウンでの開発利益を周縁部の地域振興に再配分する都市再生手法である。大型開発を行うデベロッパーは、通常の規制を超える床面積ボーナスを得る代わりに市へ拠出金を支払う。拠出金の算定方法は「余剰床面積1平方フィートにつき、建築可能地の中央値価格の80%」と定められ、金銭拠出を通じて公平かつ透明な運用が担保されている。

シカゴ市条例(17-4-1001「目的」)は、本制度の狙いを「開発業者に経済的インセンティブを与えつつ、地域経済の活性化、歴史的建造物の保存、市民生活の質向上を図ること」と明記している。単なる開発促進ではなく、都市の公益を高めることが中心に据えられている点が特徴である。

従来、シカゴ市の容積ボーナス制度は2004年の条例に基づき、ビルのセットバックやアトリウム、屋上庭園といった設計上の付帯設備を提供すれば容積緩和を認める方式であった。しかしそれらの付帯設備は公共的価値が疑わしいものも多く、本制度の導入によりそうした旧来のボーナス項目は廃止された。

仕組みと資金の流れ:都心開発から地域振興へ

開発業者からの拠出金は市の特別基金に集められ、その用途は条例で明確に区分されている。

拠出金の80%は「ネイバーフッド・オポチュニティ基金 (Neighborhood Opportunity Fund)」に充当され、シカゴ西部・南西部・南部の投資不足地域における商店街の復興プロジェクト支援に使われる。具体的には、食料品店やレストラン等の生活利便施設の新設・改装や、地域の文化施設・アートスペースの整備といった、地域に不足するサービスを補う事業が助成対象とされている。

次に10%は「ランドマーク基金 (Adopt-A-Landmark Fund)」に割り当てられ、歴史的建造物や文化的資産の保存・修復事業に充てられる。

残る10%は開発地周辺のインフラ改善のための「ローカルインパクト基金 (Local Impact Fund)」に配分され、公共交通施設の充実や歩道・街路樹整備、公園・公共空間の拡充などに用いられる。

これら三本立ての基金化の仕組みにより、都市部で生み出された富が広く市内の地域コミュニティへ波及し、商業活性化や歴史・文化資源の保全、生活環境の向上といった多面的な効果をもたらす設計になっている。

なお、本制度の適用対象はダウンタウン地区内の開発プロジェクトに限られる。これは、都心部は高密度化による追加負荷に耐えられること、加えて容積ボーナス拠出金を生み出すに強力な市場需要が集中しているという状況を踏まえたものである。一方、資金の投下先となる「指定投資地域」はシカゴ西部・南部を中心に市内約223平方キロメートルに及び、拠出金の原資が生み出されるダウンタウン地区を大きく上回る広範囲がカバーされている。

都市の個性と持続的発展を両立させるために

ネイバーフッド・オポチュニティ・ボーナス制度は、都市開発の経済的成果を公共の価値へと再投資する枠組みであり、短期的な合理性だけでなく長期的な都市の質的向上を志向した政策である。

従来の容積緩和では「どの活動を、どの水準で、どの期間行えば公共貢献と認められるか」という事前評価の難しさが課題であった。本制度は、容積ボーナスを金銭に転換し、基金化によって安定的に公共価値へ配分することで、この課題を克服している。

経済成長の恩恵を広く行き渡らせ地域文化を育む取り組みとして、日本においても、本制度は示唆に富む先例になると考えられる。

■参考資料:2023年度ネイバーフッド・オポチュニティ・ボーナス制度年次報告書

本コラム投稿者

池知貴大
IKEJI Takahiro

豪州の大学院でデスティネーション・マネジメントを学んだ後、都内のシンクタンクで観光地のまちづくりに携わる。現在は弁護士とシンクタンクにおける研究員として、文化・観光・まちづくりが交差する領域をサポート。