「面・線・点」のファイナンス:カナダ・ウィスラーの多層的な観光財源から考える

世界的なマウンテンリゾートであるウィスラーでは、観光地経営のための財源確保に多層的な仕組みが導入されている。本記事では、ウィスラーの観光財源の仕組みを「面のファイナンス」(宿泊税:広域的外部性に対応)、「線のファイナンス」(DMO会費:限定的外部性に対応)、「点のファイナンス」(民間開発投資:個別利害に対応)という観点から分析する。

宿泊税(MRDT)による広域的観光財源(面のファイナンス)

ウィスラーではMunicipal and Regional District Tax (MRDT) と呼ばれる宿泊税が導入されている。MRDTは州法に基づき宿泊料金に対し最大3%まで課税できる制度であり、ブリティッシュコロンビア州の中で、指定地域の宿泊にのみ適用される。1987年に州政府によって導入されたこの宿泊税の目的は、観光地のマーケティングや観光振興策の財源を確保することであるが、2018年からは住宅対策(アフォーダブルハウジングの確保)も資金使途として追加されており、観光客受入環境整備のみならず地域の住宅問題など広範な外部性にも対応できる仕組みとなっている。すなわち、個別事業者の利害を超えた広範囲の外部性対応や公共財に対し、強制力をもって財源を充当する制度がMRDTである。

法的根拠としては、ブリティッシュコロンビア州のProvincial Sales Tax Act Part 5の Section 123~128 がMRDT制度を定めており、同法123条が指定地域の宿泊料金に対する税率(最大3%)と課税主体(市町村や地域区もしくは非営利団体)について規定している。また施行規則としてDesignated Accommodation Area Tax Regulationが定められ、各エリアの税率や税収の使途が詳細に規定されている。

MRDT税収は州政府がいったん徴収した後、使途を指定して地域に再配分される仕組みである。ウィスラーでは、宿泊税収入はリゾート自治体であるウィスラー市が受け取り、一部は地元DMOであるTourism Whistler(後述)と共有され、ウィスラー市とTourism Whistlerが協力して観光地全体の競争力と持続性向上に資金を投じている。MRDTの支出計画や実績報告は州政府によって承認・監督されており、州の定めた目的に沿って適正に使われているかチェックを受ける。

このように、宿泊税は、面的広がりを持つ観光地経営施策を可能にする包括的な公的資金源として機能している。観光地全体の魅力形成に直結する交通インフラの整備や景観・環境保全、大規模な国際プロモーション、人材育成といった分野は、特定事業者や業界の拠出(後述する点のファイナンスや線のファイナンス)では賄いきれない公共財的性格を伴っているが、宿泊税のような「面のファイナンス」は州法に基づく課税権限と強制力を背景に、持続的財源を確立することで、こうした広域課題に安定的かつ計画的に対応することを可能にしている。

DMO「Tourism Whistler」の会費制度による観光財源(線のファイナンス)

ウィスラーには、地元のデスティネーション・マーケティング組織(DMO)であるTourism Whistler(旧称Whistler Resort Association)が存在し、会員制による資金徴収制度をとっている。Tourism Whistlerへの加入は法的に義務付けられており、ウィスラーのリゾート土地内の宿泊施設所有者や商業施設所有者は全員、自動的に同協会の会員となり年会費(アセスメント料)の支払いが課される。この仕組みは1975年制定のResort Municipality of Whistler Actの13条以下によって規定されており、第20条では、協会が会員に賦課する会費は法的な債務とみなされ、未払いがある場合には協会がその土地に対し差押え登記を設定できると規定している。この規定により、仮に会費が滞納されても協会は当該不動産の権利証書に優先的な留置権を登記することで回収を担保でき、強制力を伴うDMO財源として機能している。

Tourism Whistlerの会費制度は、主に宿泊事業者や商業施設オーナーといった比較的同質的な利害関係者グループから資金を集め、そのグループ内で共有される利益(集客力向上や売上増等)に直接結びつく事業に充てられる点で「組合的」性格を持つ。具体的な使途としては、ウィスラーの統一的ブランド構築、マーケティングキャンペーン、イベント開催支援、ビジターセンター運営、ストリートの美装化やホスピタリティ向上(例:ヴィレッジ内の案内サービスや接客トレーニング)など、準公共財に対応する事業が中心である。

会費制度は州法により強制加入となっているものの、運用主体はあくまで民間協会(Tourism Whistler)であり、自治体とは独立した組織として運営されている。協会の目的は「リゾート土地の開発・維持・運営を促進すること」と法律で定められ、具体的な活動内容や会費の額・徴収方法は協会の定款で規定されている。定款変更にはウィスラー市および州観光担当大臣の承認が必要であるなど、公と私の中間に位置するガバナンス形態が特徴である。会費収入の使途について協会は会員に対して説明責任を負い、毎年のマーケティング施策の成果(宿泊客数や宿泊単価の向上等)を示すことで会員の支持を得ることが求められる。

このように、DMO「Tourism Whistler」の会費は、単なる業界団体の会費徴収にとどまらず、法的根拠を持つ準公的な組合的財源として位置づけられている点に特徴がある。リゾート土地内の宿泊業者や商業施設オーナーといった比較的同質な利害関係者を対象に、法に基づく強制加入制度によって資金拠出を担保することで、フリーライダー問題を克服し、観光マーケティングやイベント支援といった観光業界に限定される準公共財の提供に直接的に資金を充てる仕組みを実現している。これは、観光客や住民など多様なステークホルダーを含む面的な課題に対応する宿泊税(面のファイナンス)とは少し異なり、比較的同質的な利害関係者グループの利益を最大化するための財源であるといえる。

民間開発資本による施設投資(点のファイナンス)

3つ目の観光財源は、民間セクターの開発投資である。これは不動産ファイナンス等の仕組みを活用して観光施設や宿泊施設に資本投下し、その資産価値や収益性を高める「点」のファイナンスである。ウィスラーではホテルやコンドミニアムの新築・改装、商業施設のリニューアル、スキーリフトやアクティビティ設備への投資など、数多くの民間プロジェクトが行われてきた。投資による利益(宿泊客の満足度向上や料金上乗せ分の収入)は基本的に投資者自身に内部化される。

例えば、あるホテルオーナーが老朽化した客室を改装し高級アメニティを導入する場合、その費用と効果は当該ホテルに限定的に帰属するため、自己負担による投資が合理的となる。投資の判断とリスク負担は各事業者にゆだねられるが、その分、事業者は投資の成果を直接享受できるメリットがある。

公的財源がカバーすべき広域インフラや調整が必要な共同事業とは異なり、民間資本の役割は個別施設レベルの価値向上にとどまる。そのため、「面的」な宿泊税収入や「線的」なDMO会費とは性格を異にするものの、観光地経営の全体像においては互いに補完的な関係にある。すなわち、公的な宿泊税やDMOの財源がリゾート全体の基盤整備・ブランド構築を担い、民間資本は各ポイントで高付加価値サービスを提供することで、ウィスラーというデスティネーションの総合力が支えられている。

多層的な財源確保手段の重要性

以上のように、ウィスラーの観光財源制度は「面」(宿泊税)・「線」(DMO会費)・「点」(民間投資)がそれぞれ異なる性格を持ちながら、観光地経営の中で補完し合う関係にある。広域的な外部効果を伴う事業には公的な強制財源で臨み、局所的な利害に留まる課題には業界内組合的な財源で対応し、個別施設レベルの競争力強化は民間資本の自発的投資に委ねるという役割分担と多層的な財源確保が実現している点がウィスラーの特徴である。

公共と民間、強制と任意、それぞれの利点を活かしたウィスラーの観光財源に関する制度設計は、持続可能な観光地経営に向けた一つの成功事例である。

本コラム投稿者

池知貴大
IKEJI Takahiro

豪州の大学院でデスティネーション・マネジメントを学んだ後、都内のシンクタンクで観光地のまちづくりに携わる。現在は弁護士とシンクタンクにおける研究員として、文化・観光・まちづくりが交差する領域をサポート。