この記事で紹介した通り、スイスでは、国土の過度な外国化を防止することを目的に、「外国人による不動産購入規制法(通称レックス・コーラー法)」が制定されている。この法律は1983年に連邦議会で可決、1985年1月1日に施行されたもので、正式名称はドイツ語で「Bundesgesetz vom 16. Dezember 1983 über den Erwerb von Grundstücken durch Personen im Ausland」という。
適用対象と「外国人」の定義
本法は「外国人」によるスイス国内の不動産取得を規制している。適用対象となるのは、自然人・法人を問わず、一定の条件に該当する「外国人」であり、具体的には、以下の者が「外国人」と定義されている(第5条、第6条)。
- 外国籍の個人で、その居住地がスイス国外にある者
- 外国籍の個人で、スイス国内に居住しているものの、EU加盟国またはEFTA加盟国の国籍を有さず、スイスの永住許可証Cを所持していない者
- 法人その他の団体で、その本店所在地が外国にあるもの
- スイスに本店を置く法人等であっても、議決権や資本の3分の1超が外国人により支配されているもの(外国人が資本または議決権の3分の1超を保有するか、重要な貸付けを行っている場合は外国支配と推定)
まとめると、本法の規制対象外となるのはスイス国民(在外スイス人を含む)、スイス国内居住のEU/EFTA国民、およびスイス国内居住の第三国国民でC許可所持者となり、それ以外の外国人(上記定義に該当する自然人・法人)は本法による不動産取得制限の適用を受けることになる。
規制対象となる不動産の範囲と許可制の内容
レックス・コーラーの許可制は、「外国人」がスイス国内で不動産を取得する行為全般に及ぶ。ここでいう「不動産の取得」には、土地や建物の所有権取得のみならず、地上権や永小作権、あるいは不動産会社の株式取得(一定以上の持分取得による支配権獲得)など実質的に不動産を支配し得る権利の取得が広く含まれる(第4条)。
規制(許可制)の中心となるのは、外国人による居住用不動産や非商業的な土地の取得となる。具体的には、外国人がスイスで住宅用の不動産(土地、一戸建住宅、マンション等)や別荘・セカンドハウス用物件を購入するには、事前に州の許可を取得しなければならない(第2条第1項)。
例えば「別荘・リゾート用不動産」の許可については、以下のような制限が存在する。
- 外国人がスイスのリゾート地にある別荘(セカンドハウス)やアパートホテルの1住戸を取得したい場合、一定の条件下で許可が認められる場合がある。この許可は州法で別荘取得を認める旨の規定がある場合に限り可能で(第10条第2項)、さらに物件所在地の自治体が州政府指定の観光地でなければならない(第10条第3項)。
- 許可が出た場合も、購入者自身がその別荘を利用することが条件となり、年間を通じた賃貸運用は禁止される(自分で利用しない期間に短期貸しする程度は容認)。アパートホテル型物件については、特にハイシーズンにはホテル運営に供する義務が課され、事実上投資用ではなく自用目的に限るとの制限がある(第10条b)。さらに、同一の外国人がスイス国内に複数の別荘を所有することは禁止されており、既に物件を取得済みの場合は新たな許可は下りない(第12条d)
- 別荘用物件の物理的規模にも制限があり、例えば別荘の居住部分は概ね200㎡以下とされ、土地面積も1,000㎡以下が原則(正当な理由があれば最大250㎡/1,500㎡まで特例可)といった制限がある。
- この別荘取得に関する許可枠(年次クォータ)は連邦政府が各州ごとに毎年設定しており、州に割り当てられた年間許可件数が上限となる(第11条)。
以上のような許可取得が可能な事由は法律等に明記されており、それ以外の目的(例えば純投資目的で賃貸アパート一棟を購入する、投機的に土地を購入して転売益を狙う等)は許可の下りる事由に該当しないため、取得自体が不可能となる。
法律の適用除外規定・例外措置
本法には一定の例外規定が設けられており、一定の場合には外国人であっても許可を要さず不動産を取得できる(第2条2項、第7条など)。
例えば、営業用不動産(商業用物件)の取得は許可不要となる(1997年改正)。具体的には、取得する不動産が企業の営業拠点(工場、事務所、店舗、レストラン、工房、診療所など)として使用される場合、その取得には許可が不要とされている。外国企業がスイスで事業用地やオフィスビルを購入する場合や、外国人投資家がホテル物件を買い取って継続経営する場合などが典型例となる。この例外によって、たとえば外国資本がスイスのホテルや工場に投資して継続運営することが可能となるが、純粋な住宅用途はこの例外には含まれない。
また、外国人であっても、スイスに居住しその土地に実際に住む場合の自宅用不動産については自由に取得できると法律で定められている。条件としては、その住宅が取得者本人の実際の合法的な居住地に所在し、本人および家族の主な居住用となることであり、購入後は自らその住宅に居住する義務があり、第三者への賃貸はできない。また、この例外が認められるのは一家につき1物件のみで、複数の家を居住用として買うことはできない。
おわりに
前述の通り、スイスの「レックス・コーラー法」では、外国人による自宅用不動産以外の居住用不動産の取得には原則として州の事前許可が必要とされ、許可が下りる条件も法律に列挙されている一方で、経済活動促進の観点から商業用不動産の取得等は許可制の適用外とされている。
日本に目を向けると、外国人による不動産取得をめぐって二つの立場が対立していると思われる。規制不要論は主に経済界・不動産業界に支持者が多く、海外からの投資資金や市場の活性化を重視して、現状ほとんど制限のない外国人の不動産購入環境を維持すべきだと考える立場となる。他方、規制強化を求める立場は一部の国民や政治家から強い支持を得ており、この立場に立つ人々は、安全保障や国土保全、住環境の保護といった価値観を重視し、必要に応じて法規制を強めるべきだと主張する。
スイスのレックス・コーラー法は極端な排外主義に陥ることなく実効性ある規制を敷いた例として(なお、2020年代に入ってからも見直し(緩和か厳格化か)を巡る検討が繰り返されているため、今後改正される可能性も高い。)、日本にとって示唆に富むモデルケースと言える。日本でも今後、外国人不動産購入をめぐる政策判断において、同様のバランス感覚が求められると思われる。
参考資料:スイス連邦司法省「海外在住者による不動産の取得に関するリーフレット」