開発利益の正当性と地域社会への還元に関する考察

不動産開発によって生み出される利益は、果たして誰のものなのだろうか。企業が投下した資本と労力の成果として利益を得ることは、ビジネスの観点からすれば当然である。しかし同時に、不動産開発においては、その利益の一部を地域社会に還元すべきだという議論もしばしば聞かれる。

この問題を検討するにあたり、利益帰属の正当性を価値判断の問題として考えるのではなく、利益の発生原因に即して分析する必要がある。すなわち、利益が純粋に開発主体の投資と努力に由来する場合には、その帰属を企業に認めることが合理的である。しかし、公共投資や地域コミュニティが長年にわたり蓄積してきた資産に依拠して生じた利益であるならば、その一部を地域に還元することに正当性を見いだすことができるのではないか。

本記事は、このような観点から開発利益の性質を整理し、とりわけ観光とまちづくりの領域において、地域還元の要否を検討するものである。

公共財の観点から考える開発利益

公共財は、非排除性(誰も利用を排除できない)や非競合性(一人が利用しても他人の利用可能性を減らさない)を特徴とする。道路や公園、治安、景観などが典型的な例であるが、これらは市場メカニズムだけでは十分に供給されにくく、公共投資や長期的な社会的管理によって維持されてきた成果である。不動産開発による利益の発生原因を考えるとき、この公共財的な要素が強いほど、その利益は「地域全体が長年にわたり供給してきた価値」に依存していると評価できる。

不動産価値を押し上げる主要な要因の一つは、地域コミュニティが長年かけて育んできたブランドや文化的資産がある。伝統行事や商店街のにぎわい、地域の治安維持活動などは、直接的な価格を伴わないが確実に不動産の魅力や収益性を高める要素である。これらは「準公共財」として機能し、開発事業者の不動産開発を支えている。こうした無形の資産が利益の源泉となっている場合、開発利益を単に事業者のものとみなすのは不適切である。

観光とまちづくりにおける二つの文脈

上述のとおり、不動産開発による利益は、企業の資本と労力だけでなく、公共投資や地域コミュニティが長年にわたり築いてきた資産にも依拠している場合も多い。特に観光とまちづくりの領域では、この「利益の発生原因」を手掛かりにすると、開発の性質が大きく二つに分かれることが明確になる。すなわち、新しい価値を創造する開発と、既存の資産から生じる価値を収益化する開発である。この違いを理解することが、開発利益の地域還元の是非を考えるうえで不可欠である。

文脈A:価値創造者としての開発

これまで未開発であったり、経済的に停滞していたりする地域に行われる開発は、周辺地域に新しい価値を生み出す契機となる。例えば、地域に質の高いホテル等を建設することは、単体の収益性を超えてその地域全体の「ショーケース」となり、観光客の流入を促し、地域のイメージを刷新する。このような開発は、正の外部性を伴い、利益の波及効果を生み出す可能性がある。

観光の現場で考えれば、センスの良いホテルの開業は周辺にレストランやツアー会社、小売店の需要を生み出していく。そこでは新しい雇用が生まれ、地域ブランドの格上げにつながる。もっとも、これらの便益は必ずしも事業者が価格として回収できるわけではなく、周辺の土地所有者や事業者が便益を享受することも多い。したがって、この文脈で求められるのは、そうした事業者の手にする開発利益の地域への還元ではなく、社会的便益を最大化するための民間投資誘導のデザインである。具体的には、PPP(官民連携)、インフラ整備の先行投資、税制優遇や規制の明確化・迅速化などが挙げられる。

文脈B:価値享受者としての開発

これに対し、すでに一定のまちづくりの積み重ねがあり、歴史的・継続的に育んできた資産を有する地域では、開発の性質は大きく変化する。ここで開発者が行っているのは、新しい価値の創造というよりも、既存の公共財や準公共財を収益化する行為という性質が強い。さらに近年では、短期的なキャピタルゲインを狙った不動産の転売や、不動産ファイナンスの仕組みを通じてレバレッジを高めた投資が増加しており、開発の性質は、既存の公共財や準公共財の収益化という性質の傾向を強めている。

例えば、観光地として知られる地域ブランドは、地元事業者や住民の長年の努力によって形成されたものである。そのブランドを前提に新たなホテルが建設されれば、開発者は既存の資産も活用して利益を得ることになる。特に、開発直後に資産を転売して利益を確定させる動きが広がれば、事業主体は地域に根差した長期的な経営責任を負わない。その過程で、賃料の上昇によって小規模な個人商店が立ち退き、チェーン店等の進出が進めば、地域独自の雰囲気や文化が失われるリスクがある。すなわち、利益は私的に独占される一方で、文化的な損失は地域社会に広く転嫁されるという事態が生じる。

地域において、この構造は深刻な問題となる。既存の観光資源や地域文化を利用するだけで、還元のないような開発は、短期的には利益をもたらすかもしれないが、長期的には地域の魅力を破壊し、地域の持続可能性を損なう。不動産金融市場における短期収益化の圧力が加われば、その傾向はさらに加速する。仮にその傾向があまりに強いのであれば、自治体による規制や利益分配メカニズムの導入が不可欠となる。

文脈を見極める重要性

観光やまちづくりの場面で開発を評価する際に重要なのは、その利益がどのような発生原因に基づいているのかを見極めることではないか。新たな価値を創造する開発は奨励の対象となり、既存資産にただ乗りするかたちで利益を享受する開発には、地域への還元が求められる。両者を一律に扱うことは誤りであり、文脈に応じた判断こそが、地域社会と開発の持続的な共生を可能にする鍵となる。

本コラム投稿者

池知貴大
IKEJI Takahiro

豪州の大学院でデスティネーション・マネジメントを学んだ後、都内のシンクタンクで観光地のまちづくりに携わる。現在は弁護士とシンクタンクにおける研究員として、文化・観光・まちづくりが交差する領域をサポート。