フランスの国家観光政策:持続可能な観光基金(FTD)による補助金制度について

フランス環境エネルギー管理庁(ADEME)によって運営される「持続可能な観光基金(Fonds Tourisme Durable – FTD)」は、パンデミックによって甚大な打撃を受けた観光セクター、特に地方部に焦点を当てて支援を行うことを目的に成立し、その後、FTDはフランスの国家観光戦略「Plan Destination France」の中核的な施策として組み込まれた。

FTDの全体像

FTDが支援する分野は、①伝統的な商業レストランの持続可能な移行支援(廃棄物削減、省エネ、地産地消の推進など)、②宿泊施設の環境移行支援(省エネ、省資源、再生可能エネルギー導入など)、③持続可能な観光プロジェクトの創出、成熟、移行支援であるが、これらの支援分野は、実質的に以下で説明する二つの主要なプログラム・トラックに集約して理解できると考えられる。

第一のトラックは、既存事業者の「移行支援トラック」である。これは、主に地方や郊外に立地する中小規模のレストランおよび宿泊施設を対象とし、このトラックの目的は、既存の膨小規模事業者が共通して直面する課題、例えば高騰するエネルギーコスト、廃棄物処理、食品ロスといった問題に対し、標準化された具体的な解決策を提供することにある。

第二のトラックは、「イノベーション創出トラック」と呼ぶべきものであり、特定のテーマに基づいた特別公募の形式で実施される。このトラックの目的は、既存の枠組みにとらわれない、未来の観光のモデルケースとなりうる革新的なプロジェクトを発掘し、集中的に支援することにある。

支援対象となるカテゴリーと事業領域

FTDは、前述の制度設計に基づき、各トラックで異なる対象事業者、事業活動、およびプロジェクト要件を定めている。
(参照:FTD申請サイト①FTD申請サイト②

移行支援トラック:レストラン・宿泊施設

移行支援トラックは、観光産業の基盤を支える既存の中小事業者のアップデートを支援することを目的とする。適格性の要件は、事業者の規模、事業内容、そして立地という三つの側面から定義されている。

  • 対象事業者:
    「中小企業」または「小規模企業」に限定され、具体的には、従業員数が250人未満の企業が該当する。これにより、大企業や中堅企業は対象外とされている。
  • 事業活動:
    レストランおよび宿泊施設
  • 立地条件:
    事業所の所在地が、原則として「地方」または「郊外」に分類される自治体でなければならない。
  • 支援内容:
    このトラックで支援されるのは、事業者が環境負荷を低減し、持続可能な運営へ移行するための具体的な投資や調査である。例えば、厨房機器の省エネ化、建物の断熱改修、節水設備の導入、食品ロス削減のためのコンポスト設置、地産地消を促進するための調達網構築、廃棄物管理の改善、再生可能エネルギー設備の導入などが挙げられる。

イノベーション創出トラック:特別公募

このトラックは、既存のビジネスモデルの枠を超え、持続可能な観光の新たな可能性を切り開く先進的なプロジェクトを対象とする。そのため、適格性の要件は移行支援トラックよりも柔軟に設定されている。

  • 対象事業者:
    農業法人や個人事業主、協同組合、半官半民企業など、より幅広い主体が応募可能となっている。
  • プロジェクトの概念:
    公募のテーマとして掲げられるのは、「スローツーリズム」「エコツーリズム」「アグリツーリズム」といった、環境負荷が低く、地域との深いつながりを重視する新しい観光のあり方である。

イノベーション創出トラックは、ハードの更新だけでなく、体験価値の設計、地域社会との連携、移動手段の工夫といった、ソフト施策重視の総合的なプロジェクトを高く評価する傾向にある。

申請から資金交付までの審査プロセス

移行支援トラック:レストラン・宿泊施設

移行支援トラックの申請・審査プロセスにおける特徴は、ADEMEが認定した専門家パートナーとの協働を必須とし、事業者の能力開発を促す「伴走型支援」モデルとして設計されている点にある。このプロセスは、申請のハードルを下げると同時に、プロジェクトの質と成功確率を高めるための仕組みとなっている。

プロセスは、大きく分けて以下の4つのステップで進行する。

ステップ1:適格性の確認とパートナーとの連携

  • 事業者は、まず自身の適格性を確認する、ADEMEのオンラインプラットフォームでは、事業者の企業登録番号を入力するだけで、企業規模や立地条件といった基本的な適格性を自動で確認できるシステムが提供されている。
  • 適格性が確認できた後、ADEMEが認定した地域のパートナー事業者に連絡を取る。パートナー事業者は、商工会議所、地域の観光振興団体、専門コンサルティング会社などで構成されており、フランス全土をカバーするネットワークを形成している。このパートナーが、診断から申請書類の提出まで、プロセス全体を通じて事業者を無償でサポートする役割を担う。

ステップ2:無料の環境診断と行動計画の策定

  • パートナーとの連携が確立されると、次にパートナーの専門家が事業者の施設を訪問し、無料の環境診断を実施する。この診断は、エネルギー消費、水の使用量、廃棄物の発生状況、食品ロス、サプライチェーンなど、事業運営のあらゆる側面を対象とするものである。
  • 診断結果に基づき、事業者とパートナーは共同で、具体的かつ実行可能な行動計画を策定する。この協働プロセスを通じて、事業者は自社の環境パフォーマンスに関する客観的な知見を得るとともに、専門家のアドバイスに基づいた質の高い改善計画を立てることができる。

ステップ3:申請書類の準備とオンライン提出

  • 策定された行動計画に基づき、事業者は申請に必要な書類を準備する。具体的には実施予定の投資や調査に関する複数の見積書や、事業者の財務情報や企業情報を示す書類等である。
  • 事業者はADEMEのオンライン申請プラットフォームにて申請書類一式をデジタルで提出する。

ステップ4:ADEMEによる審査、契約、資金交付

  • 提出された申請書類は、ADEMEによって審査される。審査は、主に書類の完全性、行動計画の妥当性、および予算の利用可能性に基づいて行われる。
  • 審査を通過し、プロジェクトが採択されると、事業者とADEMEの間で資金提供契約が締結される。この契約書には、支援の最大額、資金交付の条件とスケジュールなどが明記される。
  • 資金の交付は、二段階方式で行われる。まず、契約締結の通知と同時に、支援総額の30%が前払い金として支払われる。プロジェクトの実施期間は、契約から最長で18ヶ月と定められている。プロジェクトが完了した後、事業者は事業が計画通りに実施されたことを証明する事業完了証明書と関連する証拠書類をADEMEに提出する。これらが受理されると、残りの70%の資金が支払われる。

この一連のプロセスは、FTDが単なる資金提供制度ではなく、事業者の環境リテラシーと実行能力そのものを向上させることを目的とした、育成的な機能を内包していることを示している。専門家パートナーとの協働を必須とすることで、公的資金の「ばらまき」を避け、投資対効果を最大化すると同時に、持続可能な観光を担う事業者の裾野を広げるという設計となっている。

イノベーション創出トラック:特別公募

イノベーション創出トラックの申請プロセスは、移行支援トラックとは異なる手続きが採用されており、公募ごとに定められるテーマと評価基準に基づいて進められる。

ステップ1:パートナーとの連携と適格性の確認

  • 申請を希望する事業者は、まずADEMEが指定するパートナー、主に観光振興団体である「ADN Tourisme」の担当者に連絡を取る。移行支援トラックとは異なり、この段階でのパートナーの主な役割は、申請者が提出する予備的な情報に基づいて、公募の基本的な適格性(企業形態、立地など)を確認することのみになる。  

ステップ2:プロジェクトの具体化と申請準備

  • 適格性が確認された後、申請者は公募で定められた5つの評価原則(地域経済への貢献、高い環境目標、包括性、統合的ガバナンス、事業の持続可能性)に沿って、プロジェクトの具体的な内容を検討する。必要に応じてADN Tourismeの担当者から助言を受け、プロジェクトをより強固なものにすることができる。

ステップ3:オンラインでの申請と審査

  • 完成した申請書類一式は、公募期間内にADEMEのオンラインプラットフォームを通じて提出される。提出されたプロジェクトは、ADEMEと地域のパートナーで構成される選考委員会によって、前述の5つの原則に基づいて総合的に評価され、採択されるプロジェクトが決定される。  

ステップ4:契約と資金交付

  • 採択されたプロジェクトは、ADEMEとの間で資金提供契約を締結する。支援額は、プロジェクト費用の最大50%で、上限は200,000ユーロと定められている 。プロジェクトの実施期間は最長18ヶ月となる。  

まとめ

FTDは、既存の膨大な中小事業者のアップデートを広範に支援する「移行支援トラック」と、未来のモデルケースを創出する「イノベーション創出トラック」を並行して展開している。これにより、産業全体の底上げと、未来を切り開く先進的な取り組みの支援を同時に実現している。

FTDの制度設計を特徴づけるのが、トラックごとの支援プロセスである。特に「移行支援トラック」では、ADEME認定パートナーによる無料の環境診断とコンサルティングを申請プロセスに組み込んでいる点が特徴である。これは、単なる資金提供に留まらず、専門知識の乏しい中小事業者の能力開発を促す「伴走型支援」モデルであり、申請されるプロジェクトの質を担保するメカニズムとして機能している。一方で「イノベーション創出トラック」では、より柔軟なパートナーシップを通じて、革新的なプロジェクトの構想を具体化する支援が行われている。

本コラム投稿者

池知貴大
IKEJI Takahiro

豪州の大学院でデスティネーション・マネジメントを学んだ後、都内のシンクタンクで観光地のまちづくりに携わる。現在は弁護士とシンクタンクにおける研究員として、文化・観光・まちづくりが交差する領域をサポート。