観光財源は、量の確保だけでなく、その配分をいかに戦略的に行うかという使途設計が重要となる。安定した収入を持つ制度であっても、ガバナンス設計が不十分であれば、資源配分が形式化し、効率的な資金の運用ができない。
韓国の「観光振興開発基金」(以下「本基金」という。)は、観光活動から生じる収益を再投資の原資とする自己完結的な仕組みを持ち、産業成長と基金拡充が連動する点で注目される。本基金の根拠法は、1972年に制定された「観光振興開発基金法」(以下、「本基金法」という。)であり、第1条はその目的を「観光事業を効率的に発展させ、観光を通じた外貨収入の増大に貢献するために観光振興開発基金を設置すること」と規定している。この条文は、本基金が外貨獲得という戦略的目標を担う経済政策ツールとして位置づけられていることを示している。
もっとも、税を財源とする基金や特定財源制度に対しては、①収入が安定することで予算執行が惰性的になりやすい、②国家全体の財政需要との調整が難しい、③受益と負担の関係が不明確になりやすい、といった一般的な批判が存在する。本記事では、そのような批判に対して、本基金がどのように透明性や効率性を確保しようとしているのか、その仕組みを紹介する。
ガバナンス構造
管理・監督体制
本基金の管理・監督に関する権限と責任は、本基金法によって定められている。本基金法第3条第1項に基づき、本基金の管理主体は文化体育観光部長官である。長官は、基金の年間運用計画の策定、執行、決算、そして関連する主要な人事の任命など、基金運営全般にわたる最終的な権限と責任を負う。省内における担当部署は、観光政策課が指定されている。
本基金の運営における特徴的な制度の一つが、民間専門家の積極的な登用である。本基金法第3条第2項は、文化体育観光部長官が「基金の執行・評価・決算及び余剰資金の管理等を効率的に遂行するため、10名以内の民間専門家を雇用する」ことを認めている。これに必要な経費は基金から支出することが可能であり、専門家の雇用と運営に関する具体的な事項は、施行令第1条の4で定められている。
この規定は、単なる業務委託や外部アドバイザーではなく、民間専門家を文化体育観光部内で雇用するという点で特徴的である。基金の日常的な運営、特に資産運用や事業評価といった高度な専門性が求められる領域に、民間セクターの知見の適用を制度的に組み込みつつ、政府が最終的な管理責任を保持することを意図していると考えられる。
基金運用委員会
本基金の運営に関する最高決定機関として、文化体育観光部長官の所属下に「基金運用委員会」が設置されている。この委員会は、基金運営の透明性と客観性を担保し、多様な利害関係者の意見を反映させるための装置である。
委員会の主たる機能は、「基金の運用に関する総合的な事項を審議する」ことにある(本基金法第6条)。具体的には、毎年の「基金運用計画案」及びその変更案の審議、年度ごとの「決算報告書」の審議といった基金運営の根幹に関わる重要事項の審議を行う。委員会の審議を経ずに、長官が独断で運用計画を策定・変更することはできないとされており(本基金法第7条第2項)、長官の権限に対する実質的なチェック機能を有している。
委員会は、委員長1名を含む10名以内の委員で構成される(施行令第4条)。委員長は文化体育観光部第1次官が務める。その他の委員は、文化体育観光部長官が任命または委嘱し、その構成は多様な専門性と視点を確保するように設計されている。具体的には、以下の者が含まれる。
- 企画財政部及び文化体育観光部の高位公務員
- 観光関連団体または研究機関の役員
- 公認会計士の資格を有する者
- その他、基金の管理・運用に関する専門知識と経験が豊富であると認められる者
企画財政部など他省庁の官僚が含まれることで、基金の運営が国家全体の財政・経済政策と乖離することを防ぎ、観光関連団体の代表者が加わることで、産業界の現場の実情やニーズが意思決定に反映され、公認会計士のような金融・会計の専門家が参加することで、財務的な観点からの客観的かつ厳格な評価が担保されると考えられる。このような多様な背景を持つ委員による合議制は、基金が特定の省庁や業界の利益に偏ることなく運営されることを保証するための仕組みとなる。
基金の財源構造と運用計画
主要財源の詳細
本基金の財源は、本基金法第2条に定められており、単一の歳入に依存するのではなく、複数の収入源を組み合わせることで安定性を確保している。主要な財源は以下の通りである。
| 財源の種類 | 詳細 |
| 政府出資金 | 政府の一般会計または特別会計からの直接的な出資金。 |
| 出国納付金 | 空港や港湾を通じて出国する者から徴収される納付金。法律では1万ウォンを上限とし、具体的な金額は大統領令で定められる。 |
| カジノ事業者納付金 | 「観光振興法」に基づき、カジノ事業者に対して賦課される納付金。 |
| 免税店特許手数料 | 「関税法」に基づき、保税販売場(免税店)の事業者から徴収される特許手数料の50%。 |
| 基金運用収益金等 | 基金からの貸付金に対する利子収入、余裕資金の投資による収益、その他の雑収入など、基金自体の運用から生じる利益。 |
出国納付金、カジノ納付金、免税店手数料という3つの主要な財源は、いずれも観光活動そのものから直接的に発生する収益である。これは、観光産業の成長が、その産業をさらに支援するための基金の財源を自動的に拡大させるという構造を形成している。このモデルは、産業のステークホルダーからの納得感を得やすく、また、産業の規模拡大に応じて支援規模も自然にスケールアップするという利点を持つ。
資金の使途と年間運用計画
本基金の支出は、本基金法で定められた使途に厳格に限定されており、その具体的な配分は年間の運用計画によって決定される。
資金の主要な使途
本基金法第5条は、基金の使途を大きく3つのカテゴリー、融資(貸与)、補助、そして出資に分類している。この三本柱の構造により、低利の資本を提供する「融資」、公共性の高い事業を直接的に支援する「補助」、そして大規模な民間投資を誘発するための「出資」というように、多様なニーズに対応できる体制が整えられている。
年間基金運用計画
文化体育観光部長官は、「国家財政法」の規定に従い、毎年、当該会計年度の「観光振興開発基金運用計画(관광진흥개발기금운용계획)」を策定する義務を負う(本基金法第7条第1項)。この計画は、当該年度の収入見込みと、融資・補助・出資といった各事業への支出計画を記述した、基金運営の根幹をなす文書である。計画の策定や変更にあたっては、前述の基金運用委員会による審議が必須とされており(本基金法第7条第2項)、行政の透明性と計画の妥当性が確保される仕組みとなっている。
会計及び報告
本基金の会計年度は、政府の会計年度と一致する(本基金法第4条)。文化体育観光部長官は、年度終了後に「決算報告書」を作成し、これもまた基金運用委員会の審議に付される。会計の執行にあたり、長官は所属公務員の中から基金収入徴収官、基金財務官、基金支出官などを任命し、資金の出納を管理させる(本基金法第9条)。また、基金の資金を管理するための専用口座が韓国銀行に設置されることになっている(本基金法第10条)。
まとめ
本基金の特徴は、観光活動そのものが生み出す収益を原資として再投資に循環させる、自己完結的かつ成長連動型の財源構造にある。この仕組みによって、産業規模の拡大と支援能力の拡充が連動する好循環が生み出されている。
一方で、一般的に、特定財源化は、予算の配分判断が形式的・慣行的になり、資金の効率性や戦略性を損なうリスクも存在する。毎年安定的な収入が見込めることは強みである一方で、厳格な事業選定や成果評価が疎かになれば、制度が硬直化し、資源配分の正当性が揺らぎかねない。
本基金法は、文化体育観光部長官の監督権限の下で、外部性と多様性を備えた基金運用委員会を設置するとともに、民間専門家を省内に直接組み込む仕組みを採用している。この設計は、政府の政策目標を担保する「公的規律」と、市場の効率性や金融知見を取り入れる「民間の規律」とを融合させ、意思決定の透明性と質を高める役割を果たしていると考えられる。
