旅先での体験は帰宅後の人々を変え得るのか

著作者:wirestock/出典:Magnific

はじめに

先日、一般社団法人 環境行動デザインハブのオンラインイベントにて、「旅先での体験は、帰宅後の私たちの意識や行動の変化を生み得るのか?」というテーマでお話しする機会をいただきました。本稿は、そのときの議論をベースに、筆者の現場での観察や問題意識を整理したものです。

観光に求められる体験価値は、「モノ消費」から「コト体験」へ、さらに人の内面に深く働きかける「感動体験」へと移行しています。こうした価値軸の変化に伴い、観光は従来のような単なる消費行動を超え、体験者の意識や行動に影響を与えうる営みとして注目されています。このことは、政策においても読み取ることができます。例えば、令和8年3月に閣議決定された「観光立国推進基本計画」では「旅のもたらす感動や満足感は、Well-being(幸福度)の向上に直結する」という一文が明記されました。観光を単なる経済活動としてではなく、人々のウェルビーイングや行動変容と結びつけて捉えようとする、政策上の意志を読み取ることができます。

こうした期待の背景には、「知識・関心はあっても行動に移せない」という、広く確認されてきた現象があるように思います。観光に限らず、環境行動や社会参加など多くの領域に共通するこの課題を、Kollmuss & Agyeman(2002)は「Value-Action Gap(価値・行動ギャップ)」として整理しました。環境意識と環境行動のあいだに大きなギャップが存在することは、20年以上前から議論されてきました。内閣府の「生物多様性に関する世論調査」(令和4年7月)でも、「取り組みたい行動はあるが、行動に移せていない」と答えた人が約3人に1人(33.7%)に上っています。

だからこそ、「知識を伝える」とは異なる回路として、「体験」が注目されるのではないでしょうか。よく観光体験の文脈では「五感」という言葉が使われますが、まさに身体と精神に影響力を持つ体験を伴う観光への期待が浮上するのではないでしょうか。もちろん、観光にもさまざまな形態があり、同じ人による観光活動であってもその目的も体験の濃淡も異なります。全ての観光体験に、ここで記載するような体験の深さが求められるわけではありませんが、今回は、そのなかでも人々の心身に影響力をもち、内的変容を生み出すような体験、について考察を深めていきたいと思います。

観光×行動科学の2つの側面

観光と行動変容の接点には、大きく2つの側面があると筆者は整理しています。

ひとつは「旅前〜旅中」の介入、つまり来訪者の行動を望ましい方向へ誘導するアプローチです。マナー啓発、オーバーツーリズム対策、行動経済学的なナッジを活用した現地での誘導などがこれに当たります。パラオの「Palau Pledge(パラオ・プレッジ)」のように、入国時に環境配慮の誓約にサインさせる仕組みや、京都市観光協会(DMO KYOTO)の「MIND YOUR MANNERS(マインド・ユア・マナーズ)」といった多言語マナー啓発キャンペーンは、代表的な事例と言えます。これらは、来訪中の行動変容を目的とするもので、行動誘導型とも言えるかもしれません。

もうひとつは「旅中〜旅後」の変容、つまり旅の体験そのものが、帰宅後の意識や行動に波及するアプローチです。こちらは仮に「体験変容型」とも言え、本稿の本題です。同じ「観光×行動科学」というテーマでも、目指す効果と設計の作法はまったく異なります。

現場での観察から:変容を生む体験の5つの要素(仮説)

これは仮説の域を出ませんが、筆者がこれまで現場で関わってきた複数の事例 ー個別名称の記載は避けますが、地域固有の自然観や文化的背景に基づく自然環境下での体験や、自然環境の隔離空間での滞在などーを、既往研究での理論フレームを援用し、横断的にみていると「人生が変わった」「価値観が揺さぶられた」と語られる体験には、共通した要素があるように思われます。以下の5点です。

① 自然への介入の深さ(環境特性) ── 単に自然の中にいるというだけでなく、没入の深度が変容の鍵になっているように見えます。

② 身体性(経験チャネル) ── 知識や情報としてではなく、身体を通じた体得が伴っている。この身体性と精神性の往復が、後述する内省をより深いものとし、「解説を受ける」とは全く異なる影響を与えていくように思われます。

③ 時間と空間の連続性(介入のフォーマット) ── 日常から切り離された時間と空間に継続して身を置くこと(日常に引き戻されない連続)。ここでは成人学習理論の「Liminality(リミナリティ)」と呼ばれる、日常からの分離状態が関係しているかもしれません。

④ 想像し得ない体験(事前認知とのギャップ) ── 「こういうものだろう」という既存の認知枠組みでは捉えきれない経験が、価値観の揺さぶりを生む。Mezirow(1991)が成人学習の文脈で語った「disorienting dilemma(ディスオリエンティング・ジレンマ)」──既存の認知枠組みでは捉えきれない経験が批判的省察を促す ── と通じるものがあるように思われます。

⑤ 内省/レフレクション(体験後のプロセス) ── 体験そのもので完結するのではなく、その経験を意味づけるプロセスが変容を支えている。Park(2010)の「Meaning Making(ミーニング・メイキング)」という概念 ── 揺さぶられた経験が意味づけを介して変容に至る ── とも重なる部分があります。

上記の5つの要素は、もちろんそれぞれ独立しているのではなく、相互に関係し合い、結果として内的変容が生まれるものだと言えます。

学術的にも、この領域への関心は高まっています。Pung, Gnoth & Del Chiappa(2020)による観光者の変容概念モデルや、Sheldon(2020)の「内的変容のための観光体験設計論」、さらに自然体験に伴う畏敬の感情(Awe)が向社会的行動を促すとしたPiff et al.(2015)の研究など、旅や自然体験と内的変容の関係を探る研究が蓄積されつつあります。ただし、これらはまだ実証が限定的な段階であり、長期的な行動変容との接続については今後の課題も多い、と認識しています。

ここには、測定の困難さもあります。つまり、体験直後の意識はアンケート調査やインタビュー等で収集することができますが、1週間後、1ヶ月後の測定となると容易ではありません。

旅の後への波及という観点

これまで、旅中での体験による変容を取り上げてきましたが、次に、ではその旅中での体験による影響は、旅後に続くのか?という問いが出てきます。ここには、先ほど述べたように、測定の難しさという課題が横たわっており、実証的な研究は未だ限定的な段階です。ただ、理論研究においては、大きく以下の3つの経路が議論されているようです。

一つは「Spillover Effect」 ── 旅中の意識・行動が、日常の他の場面の行動にも波及する可能性。Truelove et al.(2014)の研究に代表されます。ただし、この波及効果は正にも負にも働きうることが指摘されており、詳細は後述します。

二つ目は「Place Attachment」 ── 訪れた場所への愛着が、その後の環境配慮意図と関連する可能性。Halpenny(2010)らは、カナダの国立公園訪問者355名を対象に、場所への愛着(place attachment)が環境配慮行動への意図が高まる傾向があるかを構造方程式モデルで検証。場所への愛着は、「Place identity(場所アイデンティティ):認知的評価」「Place dependence(場所依存性):機能的評価」「Place affect(場所への感情):感情的評価」の3次元があると整理し、そのなかでも特に、place identityと場所固有の環境配慮行動意図との有意な関係性を示しました。さらに、日常生活における一般的な環境配慮行動意図にも波及する可能性を示唆しています。ただし、愛着による意図が必ずしも行動への移行につながるかどうかについては、ギャップも指摘されています(Halpenny, 2010; Daryanto & Song, 2021)。

三つ目は「Significant Life Experiences」 ── 印象的な体験が、環境感受性を長期形成するとする視点(Chawla, 1998, 1999)。Chawlaらは、環境に携わる大人(環境活動家・教育者など)が、環境への関心を持つようになったきっかけを回顧的インタビューで調査し、その結果から、「自然の中での幼少期の体験が最も多く言及される『環境感受性の形成要因』」であること、「単なる知識習得ではなく、感情を伴う体験が長期的な環境感受性を形成」すること、「SLEは成人後も特定のトリガーで再活性化されうる」ということを見出しています。幼少期の経験として言及されていますが、人生においてインパクトの大きな経験、そこに意味付けが行われることの影響力の大きさを示唆しています。

向き合うべき課題

これまで観光の持つ可能性を中心に記載をしてきましたが、向き合うべき課題もあると思っています。

例えば、意識と行動のギャップ。冒頭で記載をした、Value-Action Gapです。旅で意識が変容しても、日常の行動として定着するかは別問題です。さらに、「旅先だから特別」という意識が、Value-Action Gap をむしろ拡大させるという研究結果もあります(Juvan & Dolnicar, 2014)。

また、Spilloverの両面性。Truelove et al.(2014)が整理しているように、「良い行動が次の良い行動を生む」だけでなく、moral licensing ── 「もう良いことをしたから」と次の行動を控える ── として負に働くこともあります。

正直、旅後の意識や行動さえも変える体験は、ごくわずかだといえますし、全てがそうあるべきでもないと思います。ここで考えることとしては、観光に対する人々、そして世の中の期待の範疇が広がっているということであり、旅先での体験は、地域や提供事業者と旅行者とを媒介するコミュニケーション手段であるということです。ここでの課題とは、双方がより良い関係性を継続的に生んでいく、そこに思考の焦点をおいたものになります。

終わりに:期待と問い

本稿のタイトルに掲げた問い、「旅先での体験は、帰宅後の私たちを変えうるのか」に対する筆者の見解は、「変わりうる条件は見えてきている、しかしその検証は限定的であり、実践と理論の往復が今後期待されるのではないか」というものです。

今回、観光×行動科学という切り口から、その側面を「旅前〜旅中の行動誘導型」のものと「旅中〜旅後の体験変容型」と仮に分けて考察をしました。比較的、実務者に近い筆者の立場からは、以下の2つの問いも新たに浮かび上がっているところです。これらの問いについては、引き続き、考えを進めていきたいと思っています。

一つ目は、行動誘導型と体験変容型の両者を取り入れた観光地のグランドデザイン。どちらの型も観光地として備えておいた方が良いということは明白だと思いますが、おそらくその担い手はそれぞれ異なります。前者については、DMOや行政が主体となることも多いかもしれません。一方で、後者については、ツアーオペレーター、ガイドなどの体験を提供する事業者が中心となることが想定されます。こうした機能と役割分担を鑑みたグランドデザインが描けないか。

二つ目は、観光マーケティングと「想像し得ない体験」のジレンマです。「設計された」「意図的」「事前にわかる」という要素は、変容の阻害要因にもなりうるとすれば、それをどう乗り越える設計が可能なのか。観光事業者、地域、旅行者の関係性の中で、どこまでが許される設計なのか。

最後に独り言です。これまでどちらかというと体験を科学するという視点で記載をしてきましたが、観光の持つ不確実性や偶発性、ここにこそ旅の醍醐味があるという側面もあると思っています。筆者は若いころはよく一人旅でのらりくらりと各地を歩いていましたが、その土地土地での偶発的な出会いによって、次の旅が紡がれる、一生ものの人との繋がり、ご縁が生まれる、こんな旅が好きだったりもします。観光を科学するという楽しみと、旅の不確実性ゆえの楽しみ、矛盾するようですが、どちらにも惹かれています。


参考文献

Chawla, L. (1998). Significant life experiences revisited: A review of research on sources of environmental sensitivity. Journal of Environmental Education, 29(3), 11-21.

Chawla, L. (1999). Life paths into effective environmental action. Journal of Environmental Education, 31(1), 15-26.

Daryanto, A., & Song, Z. (2021). A meta-analysis of the relationship between place attachment and pro-environmental behaviour. Journal of Business Research, 123, 208-219.

Halpenny, E. A. (2010). Pro-environmental behaviours and park visitors: The effect of place attachment. Journal of Environmental Psychology, 30(4), 409-421.

Juvan, E., & Dolnicar, S. (2014). The attitude–behaviour gap in sustainable tourism. Annals of Tourism Research, 48, 76-95.

Kollmuss, A., & Agyeman, J. (2002). Mind the gap: Why do people act environmentally and what are the barriers to pro-environmental behavior? Environmental Education Research, 8(3), 239-260.

Mezirow, J. (1991). Transformative Dimensions of Adult Learning. San Francisco: Jossey-Bass.

Park, C. L. (2010). Making sense of the meaning literature: An integrative review of meaning making and its effects on adjustment to stressful life events. Psychological Bulletin, 136(2), 257-301.

Piff, P. K., Dietze, P., Feinberg, M., Stancato, D. M., & Keltner, D. (2015). Awe, the small self, and prosocial behavior. Journal of Personality and Social Psychology, 108(6), 883-899.

Pung, J. M., Gnoth, J., & Del Chiappa, G. (2020). Tourist transformation: Towards a conceptual model. Annals of Tourism Research, 81, 102885.

Sheldon, P. J. (2020). Designing tourism experiences for inner transformation. Annals of Tourism Research, 83, 102935.

Truelove, H. B., Carrico, A. R., Weber, E. U., Raimi, K. T., & Vandenbergh, M. P. (2014). Positive and negative spillover of pro-environmental behavior: An integrative review and theoretical framework. Global Environmental Change, 29, 127-138.

観光庁(2026)「観光立国推進基本計画」(令和8年3月27日閣議決定)

内閣府(2022)「生物多様性に関する世論調査」(令和4年7月)

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写真:著作者:wirestock/出典:Magnific