高付加価値化とは。そして、それは再現可能なのか。

さまざまなところで取り上げられている、高付加価値化、高品質化、付加価値向上という議論。実務のなかで考えてきたことを、一旦の整理としてまとめてみました。

高付加価値化≠高単価化。では。

高付加価値化とは単に価格を上げることではない、という説明は各所でなされています。ただ、では価格以外の何が向上するのかという点に関しては、共通言語化しづらいところがあるように感じます。

高付加価値化とは、つまりは提供サービスの付加価値を上げるということですが、その議論には、供給サイドの話と需要サイドの話が内包されています。端的にいうと、顧客が納得し喜んで高いお金を払ってくれる理由を作り、その結果として事業のPLが改善されていくということとも言えます。

特に供給サイドの立場では、釈迦に説法ではありますが、何によって顧客価値を上げるのか/生み出された価値はどこに帰属するのか/どこに還元するのか、という視点は大切にしておきたいところです。単に価格を上げること自体は難しくはないかもしれません。高級な設えを整えたり、著名なブランドの運営を導入したりすれば、単価は上がります。ただし、その価格を支えているブランド力が他者のものであれば、生まれた付加価値の多くは地域の外へ流れていきます。そのような状態は、求める高付加価値化とは言えないでしょう。つまり、供給側視点での高付加価値化とは、自らの経営資源によって付加価値を生み出し(価格が上がり)/それによって得られる利益が、また自らの付加価値の源泉に還元される状態、にさせていくことは意識しておきたい点です。

一方で、需要サイドに目を向けると、そこでの高付加価値化とは、顧客の立場にたった付加価値となります。人々の価値観、消費形態の多様化に伴い、旅の形態、旅に求めるニーズも多様化し続けているなかで、「何が」「顧客体験の付加価値を上げるのか」という問いに対する解は一つには絞られません。

2000年代半ばに提唱されたインテンション・エコノミーという概念は、売り手が用意したものを買い手が選ぶのではなく、買い手が自らの意図を発信し、売り手がそれに応えるという、関係の反転を描いたものでした※1。その世界が、いよいよ現実のものになりつつあるとも言えるかもしれません。

ただ、供給側としては、「顧客が求めることはさまざまだよね」「体験の質は受け取る人によって異なるよね」だけでは、自社サービスの付加価値を上げていくための、打ち手は出てきません。顧客体験における付加価値向上の再現可能性を高める方法はないのでしょうか。本稿では、この点について考察をしてみたいと思います。

品質の三要素

顧客満足を考える枠組みとして、筆者は「狩野モデル」をよく参照させていただいています※2。品質要素を、当り前品質、一元的品質、魅力的品質などに分けて捉えるものです。

当り前品質は、充たされていても満足にはつながらないが、充たされないと強い不満を生む要素です。一元的品質は、充たされるほど満足が高まり、不足するほど不満が高まる要素です。そして魅力的品質は、なくても不満にはならないが、あれば満足を大きく押し上げる要素を指します。

図 狩野モデルにおける三つの品質要素

ホスピタリティ事業においては、当り前品質と一元的品質は、顧客からすれば「あって当然」のものとして受け取られます。そして、なければ評価は大きく下がります。今の時代においては、そうした経験はSNS上で速やかに共有されていきます。逆に「また行きたい」「感動した」という評価も他者に伝わり、「行きたい」に変わっていきます。

つまり、魅力的品質をいかに生み出しつづけるかが焦点となります。

しかし、その先が難しいところです。先ほども述べたように、「魅力的品質を生み出す」ことの「再現性」を高めることはできるのでしょうか。個人の価値観と、それに伴う消費行動の多様化が進む今の時代においては、なおさらです。

魅力的品質は、要素として特定できるのか

当り前品質や一元的品質は、一般的なマニュアルや教科書にも答えが書かれています。顧客の属性や環境要因にも左右されにくい要素です。「清潔である」「わかりやすい」「時間どおりである」といったことは、誰にとっても概ね同じ意味を持ちます。

一方で魅力的品質は、顧客の基本属性はもちろんのこと、その人のライフストーリーや価値観と、提供側の文化的背景やストーリー、提供の文脈とが相互に作用しながら生まれていくものだと考えられます。先に触れた「評価は個々人によって異なる」を生み出す背景とも言えるでしょう。

多様化が進むなかでは、むしろ共通の要素であるほど魅力的品質になりにくい、とさえ言えるのかもしれません。商品・サービスのコモディティ化が急速に進展している状況も、これを表していると言えます。たとえば世界のラグジュアリー市場では、消費者の90%が「どのブランドも顧客体験が似ている」と感じ、70%が店舗体験に不満を持っているという調査結果が報告されています※3。物販市場の話であり観光にそのまま当てはまるものではありませんが、優れた要素は模倣され、やがて標準になっていくということの一例ではあるかと思います。

視点を、要素から関係へ

では、魅力的品質は個別の偶然に委ねるほかないのでしょうか。筆者自身はそうとも限らないと考えています。要素特定ではなく、その要素を生み出す過程に視点をずらしてみてはどうでしょうか。

先ほど、魅力的品質が相互作用のなかで生まれるのではないかと記載しましたが、その仮説に基づくならば、焦点を当てるべき対象は、その相互作用そのものとなります。つまり、顧客とその環境、そして迎える側との間に、どのような関係が立ち上がっているか。どのようなやりとりが交わされているか。

実際、旅行者を対象とした調査を眺めていると、そうした兆しが読み取れます。旅先で得たスキルは、どんな土産物よりも長く残ると考える人が76%にのぼるという結果がありますが※4、ここで対比されているのは、モノとして持ち帰れるかどうかではなく、その場で誰かに教わった時間が残るかどうかです。また、予期しない現地の発見のために行程に余白を残す、という人が87%という結果もあります。余白とは何も起きない時間ではなく、あらかじめ決められていないからこそ、その日の状況やその場での出会いが入り込む余地のことでしょう。

どちらも、提供された要素そのものより、そこで生まれた関係のほうが記憶に残ることを示しているように読めます。

感動そのものを扱い、それを生み出す発想技法として提案されている枠組みも存在します。例えばSTARフレームワークがそれにあたり、感動を導く要素として、感情の高ぶり(Sense)、知見の拡大(Think)、体験の拡大(Act)、関係性の拡大(Relate)の四つが挙げられています※5。

つまり、魅力的品質そのものの共通要素を抽出することは難しいですが、それを生み出す手法やスキルは、一般化され得るのではないかと考えられます。この点については、実践のなかで検証されていくべき段階にあるとみています。

なお、この枠組みは経験価値マーケティングの系譜の上に立っています。製品・サービスの特性や便益性(F&B)の追求だけでは消費者の複雑な要求に応えられない——そうした問題意識から、経験を五つのモジュール(Sense / Feel / Think / Act / Relate)に分けて捉える考え方が1990年代末に提示されました※6。冒頭で触れた「価格以外の何が向上するのか」という問いは、四半世紀にわたって問われ続けてきたものでもあります。

ブレない提供価値という視点

ここで一見、逆のことを言うようですが、関係に目を向けるからこそ、動かない軸が要ると考えています。提供する側が持つべきものはブレないこと、そこで生まれる関係は相手ごとに変わること。この二つは対立しません。

自社のサービスや地域がお客様に約束するブレない価値は何なのか。軸が定まっているからこそ、相手や状況に応じて柔軟に動いても輪郭を失わずに真の価値提供ができるようになるのではないかと考えています。核となる価値があり、そのうえで提供する側の経験に裏付けられたスキルで、ここだけの、この瞬間を共有する人だけの、唯一無二の体験が生み出されていくのではないかと考えています。ブレない価値を定めるとは、その価値が誰にとって意味を持つのかを見定めることでもあります。

そのうえで、マーケティング活動が重ねられることとなります。ここでの理想は、見出した自社・自地域の提供価値を、顧客に伝えるだけでなく、顧客とともに育て上げていくという関わり方でしょう。関係のなかで価値が生まれるのだとすれば、その関係は一度きりの取引ではなく、続いていくものとして捉えるほうが自然です。

これらが揃って、冒頭で述べたような、供給サイドの付加価値向上と需要サイドの付加価値向上が両輪で回り始めるのではないかと考えます。


筆者自身、こうした視点は、日々の業務でご一緒させていただく皆様から学ばせていただいております。本稿も実践の中からの考察であり、今後、再検討、改善も重ねていくと思いますが、一旦の整理として記載いたしました。


出典

※1 Doc Searls, “The Intention Economy: When Customers Take Charge”, Harvard Business Review Press, 2012. 概念の初出は2006年の同氏によるブログ記事。

※2 狩野紀昭・瀬楽信彦・高橋文夫・辻新一「魅力的品質と当り前品質」『品質』第14巻第2号、日本品質管理学会、1984年、pp.39-48

※3 Bain & Company / Fondazione Altagamma, “Finding a New Longevity for Luxury” (Luxury Goods Worldwide Market Study, 24th Edition), 2026. 情報は2025年11月18日時点。パーソナル・ラグジュアリー・グッズ市場を対象とした調査です。https://www.bain.com/insights/finding-a-new-longevity-for-luxury/ (2026年8月12日確認)

※4 American Express Travel『2026 Global Travel Trends Report』。調査はMorning Consultにより2025年12月30日〜2026年1月14日に実施。対象は米国、オーストラリア、カナダ、英国、日本、メキシコ、インドの7カ国、計約8,100名。いずれも5万ドル相当以上の収入があり、年1回以上旅行する層に限定されています。誤差は±2〜3ポイント。https://www.americanexpress.com/en-us/travel/discover/get-inspired/global-travel-trends (2026年8月12日確認)

※5 西尾未希・白坂成功・前野隆司「STARフレームワークに基づく感動発想技法」『日本創造学会論文誌』第18巻、2014年、pp.55-74/石田泰博・前野隆司「STARフレームワークを用いた感動要素の時間軸配置の分析手法」同第21巻、2018年、pp.22-41(DOI: 10.24578/japancreativity.21.0_22)

※6 バーンド・H・シュミット『経験価値(エクスペリエンシャル)マーケティング — 消費者が「何か」を感じるプラスαの魅力』嶋村和恵・広瀬盛一訳、ダイヤモンド社、2000年(原著1999年)。同書が示す戦略的経験価値モジュール(SEM)はSense / Feel / Think / Act / Relateの5要素からなり、STARはこのうちFeelを除く4要素に対応する。