はじめに
地域における規制の策定にあたっては、抽象的な懸念や一般的な経験則にとどまらず、現実に生じている状況を把握するための立法事実(法律が制定される根拠となる社会・経済・文化的な一般事実)調査が不可欠である。規制の適法性は、その必要性や比例性が具体的データや調査結果によって裏付けられているか否かに大きく依存する。
アムステルダム市が導入した「商業多様性中心地区」規制も、観光客向け店舗の急増や商業の単調化といった問題を、事前に調査報告書を通じて数量的・質的に把握したうえで設計された。その実証的な調査が、後の司法判断において規制の適法性を支える重要な基盤となった点に特色がある。
規制導入の背景:観光化による商業の画一化と住民への影響
アムステルダム市中心部では2010年代に観光客向け店舗が急増し、小売の多様性が損なわれつつあった。2017年2月28日に公表された市調査報告書「Sturen op een divers winkelgebied(多様な商店街への舵取り)」(以下「2017年報告書」という。)によれば、中心街の一部の地区では2006年から2016年の10年間の間に、観光客向け店舗数が約49%も増加し、伝統的な専門店や地域住民向けの小売店が観光客相手の画一的な店舗に置き換わりつつあった。
こうした傾向により、小売・サービスの内容は単調化し、生活必需的な店舗が減少した。その結果、「街の魅力が損なわれている」「住民のための店がなくなる」といった懸念が住民から上がるようになった。
「商業多様性中心地区」規制の概要
このような背景を受けて、アムステルダム市議会は2018年7月18日、中心街における小売の単調化を是正し多様性を維持することを目的として、「Winkeldiversiteit Centrum(商業多様性中心地区)」と称する用途規制(ゾーニング計画)を制定した。これは既存の用途地域計画を一括して部分改訂する都市計画であり、観光客向け業種の新規進出を禁止する措置である。具体的には、以下の店舗形態を新たに開設することを禁止した。
- 観光ショップ:観光客や日帰り客向けの商品を専門的に扱う店舗
- 観光客向けサービス窓口:観光客相手のチケット販売・ツアー案内等を行う店舗型事業所
- 土産物店:土産品を販売する店舗
- ミニスーパーマーケット:観光客の需要に応じた小規模食品雑貨店
- グローショップ:大麻栽培用品などを扱う特殊小売店
- 食品販売店における複合業態禁止:食品を主に販売する店舗で、他業種(観光土産品等)と組み合わせた複合的経営形態の営業禁止
以上の規制により、観光客を主な対象とする小売業の新規出店が中心街では認められなくなった。既存の同種店舗については直ちに閉鎖させるのではなく、増加を食い止めて徐々に業態転換や自然減を促す狙いで、将来的に多様な店舗構成へ回復させることを目指している。この措置は都市計画上の用途規制として法的枠組みに組み込まれ、違反する用途変更には罰則や是正命令を通じた執行が行われることとなった。
営業の自由等に照らした適法性判断
上記の規制は、小売業者に対する営業の自由等を制限するものとして、一部事業者から法的に争われた。しかしオランダの最高行政裁判所にあたる国家評議会(Raad van State)は、2020年4月15日付の判決において、以下のポイント等を指摘したうえで、本規制の適法性を認めた。
非差別性:規制は恣意的な差別を含まないこと
EUサービス指令は、加盟国内でサービス提供事業者に対し国籍等に基づく差別的な要件を課すことを禁じている。本規制について裁判所は、禁止対象とされた「観光客向け店舗」という業種区分が特定の国籍や出身地の事業者のみを排除するものではなく、あくまで事業の形態に着目した中立的な基準であると判断した。
必要性:正当な公共目的に基づく措置であること
次に必要性の要件として、その規制措置が「公共の利益に係る重要な理由」によって正当化されることが求められる。本規制について、市議会が掲げた「都市環境(居住環境を含む都市空間全体)の保護」、すなわち小売の多様性維持を通じた都市の居住性・生活環境の向上がこの「公共の利益に係る重要な理由」に当たると裁判所は認めた。
そして、この判断の理由として、裁判所は、市議会が2017年報告書などを根拠に主張した、「観光客向けの単一的店舗の急増により伝統的商店が失われ、日常生活に必要な供給が乏しくなり、街のサービスが貧困化して居住環境に悪影響を及ぼしている」との指摘を合理的なものと評価した。
均衡性:手段が目的に比例し妥当であること
最後に均衡性(比例原則)の検討では、本規制の内容が目的達成のため適切かつ効果的で、必要最小限の範囲にとどまっているかが問われた。判決によれば、アムステルダム市の措置は以下の点でこの要件を満たしている。
- 一貫性・適合性(規制の効果的な適切性): 市の規制アプローチは整合的かつ体系的であり、目標達成に向けて計画的に講じられている。禁止対象業種の選定は、市監査局(会計検査院)の分析結果に基づいており、ゾーニング規制や新規出店禁止によって不要な業種の増加を抑制できるとした知見に沿っている。さらに、市は中心部での新規ホテル建設禁止なども併せて導入しており、規制は観光客の排除ではなく、都市機能のバランス回復を狙った施策群の一部として位置づけられている。裁判所は、規制内容が恣意的に一部業種のみを標的とするのではなく、都市の居住性維持の観点から合理的に必要な範囲に限定されている点を評価した。
- 効果の合理的期待と将来的な影響:EU司法裁判所の判例によれば、規制措置が目的の実現に「寄与し得る」ことが合理的に示されれば比例性の要件を満たし、完全な解決までを要件とするものではない。本規制も、市の提示した具体的データと分析により、「新規観光ショップ禁止」という手段が小売多様性の確保および居住環境の維持という目的に資する合理的なものであることが裏付けられた。
- 必要最小限性: 本規制は一定の地区に限定され、既存の営業権は例外として保護されていることも踏まえると、過度に広いものではない。市は観光客分散策などの補完的措置も講じているが、それだけでは目的達成には不十分であり、供給規制が不可欠とされた。裁判所は、この点に関し、他のより緩やかな手段では同様の効果は期待できず、本規制が必要以上に広範に及んでいるとはいえないと判断した。
終わりに
この判決が示す重要な点は、規制の必要性・比例性を論じる際に、一般論や経験則ではなく具体的データに基づく立法事実調査が不可欠であるということである。
アムステルダム市は事前に詳細な調査を行い、規制の根拠を客観的に示したことで、その適法性が司法の場でも認められた。日本においてもオーバーツーリズムやジェントリフィケーション対応の規制(特に他の自治体で導入された事例がない規制等)を検討する際には、その正当性を支える立法事実調査が非常に重要となることを、この事例は示している。