この記事で紹介したスイスの「レックス・ウェーバー法」とは、観光地などにおける過度な別荘(セカンドハウス)建設を制限するために導入された一連の規制を指すものである。フランツ・ウェーバー氏(環境保護活動家)の主導したイニシアティブによって実現したことから、その名が付けられた。
2012年の国民投票によってスイス連邦憲法が改正され、当該改正内容を具体化するため「別荘に関する連邦法」が2015年3月20日に成立し、2016年1月1日から施行されている。
憲法改正の内容
スイス連邦憲法に追加された第75b条は、各自治体における別荘数の上限を全住宅数等の20%に設定している。これは、ある自治体で、もし別荘(主たる居住に供されない住宅)の割合が既に20%を超えている場合、その自治体内では新たな別荘を建設する許可を原則として発行できないことを意味する。
また、第197条第9項には、立法措置の導入期限および経過措置が定められた。同過渡条項第1項では、この20%規制を実施するための連邦法(実施法)を2年以内に制定するよう義務づけられた。
実施法の内容
スイス連邦憲法第75b条を具体化するため、2015年3月20日に「別荘に関する連邦法」が制定され、2016年1月1日に施行された。この法律は、20%以上が別荘となっている市町村で新たな別荘建設を制限しつつ、一定の例外を認める枠組みを定めている。以下、主要な条文ごとにそのポイントを解説する。
第6条(20%超過地域における建築禁止)
第6条は「市町村の別荘比率が20%を超える場合、原則として新たな別荘の建築許可を発行できない」ことを明示している。これは2012年の国民投票で採択された憲法75b条の趣旨(「新たな空っぽの別荘(いわゆる『コールドベッド』)を増やさない」という方針)を恒久法に落とし込んだものとなる。
一方で、「第7条第1項b号および第8条、第9条、第26条または第27条に基づく新たな住宅の建設はこの限りでない」という旨の規定も置かれ、一定の条件下では新規建設が許容される余地を残している。
第7条(例外的に許可される別荘)
例外的に許可される別荘の主な類型は、以下のとおりである。
- 第一次住宅(常居住用住宅): 別荘規制対象地域であっても、新たな常居住用の住宅(第一次住宅)は引き続き建築が許可される。
- 観光目的で事業的に運用される別荘(観光別荘): 観光客向けに短期賃貸され、宿泊施設の一部として運営される住宅は、新規建設が許容され得る。
観光目的で事業的に運用される別荘は地域経済に寄与し、年間を通じて稼働することで「暖かいベッド(ウォームベッド)」となるため、規制の趣旨である「空っぽの別荘(コールドベッド)を増やさない」目的に反しないと解釈される。ただし、「観光別荘」として許可を得るためには厳格な利用条件を満たす必要がある。例えば、「年間を通じて主要・閑散期にわたり、短期滞在客に市場価格で継続的に賃貸提供すること」、「原則として所有者自身は使用せず、長期賃貸もしないこと」などが要求されている。
また物件の形態についても、「当該物件が所在する建物内に所有者が主たる居住地として居住している(オーナー同居型」か「物件が所有者個人のニーズに合わせた仕様ではなく、統一的なコンセプトで複数客層にサービスを提供するホテル等の一貫運営下にあること」のいずれかを満たす必要がる。これら条件を確実に履行させるため、許可に際しては当該住宅の利用目的(観光用途)に関する制限が建築許可に付され、土地登記簿にも登載される。この登記により、転売時にも観光用途義務が継続するよう担保されている
上記以外にも、第8条〜第9条では地域の宿泊産業を維持するための財政的措置や歴史的建造物の保全を目的とした例外が規定されている。例えば、歴史的建造物として保護される建築物や伝統的街並みを形成する建物内に限り、他に保存手段が無い場合に特別に別荘への改装等を認めるケースなどが具体例として挙げられる。
日本への示唆
日本でも近年、大都市や観光地における過度な不動産投資の傾向が指摘されている。別荘利用を目的として取得された家屋が、普段は人の居住しないまま放置されるケースは、観光地における地域コミュニティの維持の面で課題となっている。例えば風光明媚な別荘地として知られる地域でも、所有者の長期不在により「人のいない家」が立ち並ぶ状態が発生すれば、地域経済の停滞等のリスクが高まる懸念がある。
スイスの事例は、「リゾート開発による利益」と「地域の持続可能性」のバランスを政策的にどう図るかという難題に対し、一つの大胆な解決策を提示していると言えよう。無制限な別荘開発を許せば短期的な投資は呼び込めても、長期的には住民生活の基盤が損なわれかねない。
日本の観光地も同様のジレンマに直面しつつあるとすれば、レックス・ウェーバー法のように別荘用途に上限や条件を設ける制度的アプローチが有効か検討する価値があろう。もちろん、土地制度の違いがあるため単純比較はできないが、「地域資源を守りつつ観光振興を図る」という公共政策上の目標は共通しており、過度な別荘投資に制度面から対処するスイスの事例は、日本にとって参考になる点が多い。