スペインの観光持続可能性計画(PSTD):地域類型論に基づく戦略的財源分配について

スペインでは2020年以降、「観光地における持続可能な観光計画(Planes de Sostenibilidad Turística en Destinos、以下「PSTD」という。)」が国の観光政策を地域で実行するための中心的手段として位置づけられていた。PSTDは国が一律に策定する計画ではなく、地方自治体が自ら策定・実施する3年間の計画であり、その枠組みと資金的裏付けを国家が整備している(Estrategia de Sostenibilidad Turística en Destino(観光地における持続可能性戦略)参照。例えばバルセロナ市における例はこちら。)。

PSTDは、観光産業のアップデートにとどまらず、地方の過疎化問題への対策としても機能するよう設計されている。地方の観光開発を意図的に推進することで、観光による経済的恩恵を国土全体に公平に分配し、衰退しつつある地域に新たな活力を与えることを目指している。

政策手段としての地域類型論

PSTDが機能する前提には、地域の類型論がある。これは画一的な解決策を全国に適用する旧来の手法から脱却し、各地域が直面する固有の課題と機会に基づいた政策介入を可能にするためのものである。

この類型論は、「観光地における持続可能性戦略」において制度化され、各自治体によるPSTDの策定時に参照される。当該戦略は、スペインの観光地を大きく、「太陽とビーチ(Destino turístico de sol y playa)」、「地方(Destino turístico rural)」、そして「都市(Destino turístico urbano)」の3つのカテゴリーに分類している。さらに、これらの主要カテゴリーは、それぞれの特性に応じてより詳細なサブカテゴリーへと細分化される。

主要カテゴリー サブカテゴリー 定義・特徴
太陽とビーチ(Sol y Playa)高度に国際化された「太陽とビーチ」(Destino de sol y playa muy internacionalizado)・ 年間のホテル宿泊者数が400万人泊を超える、または、年間の宿泊者数の70%以上が非居住者(外国人)であること

混合・居住型「太陽とビーチ」(Destino de sol y playa mixto/residencial)・ホテルの密度が比較的低く、代わりに別荘やセカンドハウスといった居住用施設が多い地域
地方(Rural)沿岸部の地方(Rural Costero)・沿岸部に位置するものの、居住地が分散しており、「混合・居住型」と見なされるほどの観光開発の規模には達していない地域
内陸部の自然空間(Espacios Naturales Terrestres)・国や州の法律、EUの規制、あるいは国際条約によって法的に保護されている自然空間であること
観光アイデンティティを持つ地方(Destinos Rurales con Identidad Turística)・人口2万人未満の自治体、または人口7万人未満のコマルカ(広域行政区)
・主な経済基盤が第一次産業であり、過疎化の影響を受けている地域であること
都市(Urbano
大都市観光地(Gran destino Urbano)
・マドリードとバルセロナ
都市観光地(Destino Urbano)・人口15万人以上で、かつ強い観光的プロフィールを持つ都市
観光アイデンティティを持つ都市(Ciudad con identidad turística)・人口2万人から15万人で、UNESCO世界遺産登録都市など、強い文化的アイデンティティを持つ歴史都市

各カテゴリーは、それぞれが共通の課題と機会を内包していることを示している。例えば、「高度に国際化された太陽とビーチ」という分類は、オーバーツーリズム、季節性、自然環境への負荷といった課題を共有している。一方で、「観光アイデンティティを持つルーラル」という分類は、過疎化やインフラの未整備といった課題を抱えつつも、未開発の文化遺産を核とした新たな観光価値を創造する大きな機会を秘めていることを共有している。

各地域類型に対する目標

PSTDの戦略は、前述の地域類型と、それぞれの類型に設定された具体的な政策目標を戦略的に結びつける形で具体化される。ここで重要なのは、目標は国家が定めた抽象的な方針ではなく、自治体がPSTDを策定する際に参照しなければならないものとして提供されている点である。

「太陽とビーチ」類型

この類型では、主にオーバーツーリズムの管理と、持続可能なモデルへの転換が目標となる。

  • 高度に国際化された「太陽とビーチ」/ 混合・居住型「太陽とビーチ」
    • 過密緩和: テクノロジー(センサー技術など)を活用して観光客の流れを管理し、収容能力を把握することで、過密状態を緩和する。
    • 環境再生: 沿岸の生態系を回復させる。
    • 廃棄物管理: 持続可能でスマートな都市固形廃棄物管理を推進する。
    • インフラ転換: 沿岸部のインフラを交通インフラなどに転換する。
    • 脱季節依存: 「太陽とビーチ」以外の補完的な観光商品を開発し、季節による需要の偏りをなくす。

「地方」類型

地方では、観光を通じて地域経済を活性化させ、人口減少とに取り組むことが目標となる

  • 沿岸部の地方
    • ローカルオファーの活性化: 地域の文化、自然、環境といった固有の資源を活かした、質の高い観光商品を活性化させる。
    • 自然空間の再生: 法的に保護されている自然空間を再生する。
    • 地域連携の強化: 集落間を結ぶ遊歩道やルートを整備・標識設置し、地域内の相乗効果を生み出す。
    • デジタル化: 地域の実情に合わせたデジタル化を推進する。
  • 内陸部の自然空間 / 観光アイデンティティを持つ地方
    • 経済活性化と人口維持: 地方の収益性を向上させ、雇用を創出し、人口減少を食い止める。
    • 観光商品の創出: 地域の自然や文化遺産に基づいた観光商品を活性化させる。
    • 公共利用モデルの設計: 保護されている自然空間について、その保全と持続可能な観光利用を両立させるための公共利用モデルを設計する。
    • 地域連携インフラの整備: 自治体間を結ぶ観光設備を整備する。

「都市」類型

都市部では、文化遺産の保護・活用と、持続可能な都市機能の実現が目標となる。

  • 大都市観光地
    • 持続可能なモビリティ: 公共交通や歩行者・自転車を優先する街づくりなど、持続可能なモビリティを都市交通政策の中心軸とする。
    • 公共空間の回復: 都市の公共空間を回復し、観光客と居住者がバランスよく共存できる空間を確立する。
    • エネルギー効率とアクセシビリティ: エネルギー効率とユニバーサルアクセシビリティを向上させる。
  • 都市観光地
    • 都市イメージの向上と地区活性化: 都市のイメージを向上させ、地区を再開発・活性化することで新たな観光エリアを創出する。
    • 文化オファーの拡充: 新たな文化体験を創出し、既存のものを改善・拡充する。
    • 商業地区の再活性化: 商業地区を再活性化させる。
    • テクノロジー導入とモニタリング: デスティネーションの技術化を進め、観光客の流れを監視・分析する。
  • 観光アイデンティティを持つ都市
    • 文化遺産の保護と活用: 最優先事項として、デスティネーションの歴史的記念物(遺産)を保存、改善、強化する。
    • 近隣地域との連携: 近隣のルーラル地域など、他の観光商品や地域との補完性を発展させ、より多様で付加価値の高い形で提供する。
    • サーキュラーエコノミーへの貢献: サーキュラーエコノミー、地産地消、アグリツーリズムなどに貢献する。

観光財源の戦略的配分

PSTDの実効性を担保しているのが、地域類型ごとに設定された「最低投資額」である。これらの金額は採択されるプロジェクトが真に変革をもたらすに足る規模を持つことを保証するため担保として機能している。

サブカテゴリー 最低投資額
大都市観光地1,000万ユーロ
高度に国際化された「太陽とビーチ」500万ユーロ
都市観光地200万ユーロ
観光アイデンティティを持つ都市200万ユーロ
混合・居住型「太陽とビーチ」200万ユーロ
沿岸部の地方100万ユーロ
内陸部の自然空間100万ユーロ
観光アイデンティティを持つ地方100万ユーロ

この資金配分は、スペイン全体の観光施策に対する戦略を反映している。一方では、スペイン観光の稼ぎ頭である大都市や主要ビーチリゾートに一定の投資を集中させている。これは、国全体の収益と国際的評価を支える資産を保護し、その競争力をさらに強化するための戦略である。他方で、すべての地方関連カテゴリーに100万ユーロという、一定の規模の投資を保証することで、将来の成長エンジンとなりうる新興・発展途上のデスティネーションが革新と成長に必要な初期段階の金融投資を得られるようにしている。

まとめ

スペインのPSTDは、単なる補助金スキームではなく、「診断(地域類型論)→処方(個別目標設定)→実行担保(最低投資基準)」という一連の政策サイクルを備えた国家主導・自治体実施型の仕組みある。この仕組みの前提となっているのが、地域類型論である。地域類型論は、スペインの多様な地域の現実を的確に捉え、それぞれの地域が観光に関して抱える固有の課題と機会に基づいた政策介入を可能にしている。

また、PSTDの特徴は、自治体が策定する計画でありながら、国家戦略の枠組みとEU基金によって制度化・資金化されている点にある。成熟した観光地ではプロモーションからマネジメントへの転換を促し、農村部では地域資源の再評価と人口維持を目指す。

本コラム投稿者

池知貴大
IKEJI Takahiro

豪州の大学院でデスティネーション・マネジメントを学んだ後、都内のシンクタンクで観光地のまちづくりに携わる。現在は弁護士とシンクタンクにおける研究員として、文化・観光・まちづくりが交差する領域をサポート。