地域の観光産業にお金は回り始めるか:企業価値担保権を手掛かりに考えてみる

2026年5月25日、「企業価値担保権」という新しい担保制度が施行されました。不動産担保や経営者保証に過度に依存することなく、事業の将来性そのものに着目した融資を後押しすることを目的とした制度です(※1)。一見すると金融領域の話題ですが、本制度の主旨には地方地域における観光産業に対する可能性も包含するのではないかと捉えています。本稿では、地方創生文脈における観光産業への期待と、それを支える地域金融との間に横たわるギャップを整理しながら、この新たな制度が持つ意味について考えてみたいと思います。

観光産業への期待とその担い手の実態

少子高齢化・人口減少、都市への経済の集中が進展する日本においては、観光は成長戦略の柱であり、地域活性化の切り札として位置づけられてきました。2026年3月に閣議決定された「観光立国推進基本計画」においても、旅行や観光は地域経済・社会の活性化につながる分野として、改めて強調されています(※2)。観光産業が地域活性化において注目されている理由としては、その裾野の広さと外貨を稼ぐという点にあると言えます。宿泊客の滞在は、食材の調達を通じて生産者や加工業者へ、施設の整備を通じて建設業、さらにその他の地域内サービス業へと波及し、地域の外から外貨を呼び込んで域内の経済に循環させていく役割を担います。同時に、観光は労働集約的な産業であるがゆえに、地域に雇用を生み出すことも期待されます。

なかでも宿泊業が地域に果たす役割は、決して小さくないと感じます。物資や人材の調達、宿泊客の滞在に伴う域内消費を通じて、地域経済への波及効果の起点となるためです。地方の旅館や民宿等の宿泊施設は、泊まる機能だけでなく、その土地の暮らしや文化を訪問客に体感してもらう結節点であり、地域社会のハブとしての側面も持ち合わせてきたとも言えます。しかしながら、その担い手である宿泊業は、構造的な課題を抱えているのも事実です。観光庁の「アフターコロナ時代における地域活性化と観光産業に関する検討会」の最終とりまとめでは、宿泊業が抱える課題として「事業承継や事業譲渡の停滞」や「低生産性・担い手不足の深刻化」が挙げられています(※3)。そのために、全般的に人材の確保や定着も困難な状況が続いています。加えて、宿泊業は設備投資の負担が重く、自己資本が薄くなりやすいなど、財務体質の面でも他産業と比べて脆弱になりやすい傾向があります。経営者の高齢化と後継者不足もあわせて進んでおり、現役世代の引退とともに地方の旅館や民宿の廃業が進めば、その宿に物資を供給していた事業者などにも連鎖的に影響を及ぼすことになります。

観光立国という観点からは、地域内の宿泊業をはじめとする観光関連事業者が、戦略的に稼ぐフェーズへと立つことが欠かせません。しかし実態としては、上述のような厳しい状況が恒常的に続いています。ここで期待されるのが、地域金融機関による支援(投融資や経営ノウハウ)です。やや楽観的かもしれませんが、その支援によって個々の事業の安定と成長が促されれば、地域全体の事業基盤も強固になり、相乗的な発展へとつながっていく、そうした循環の起点になり得ると考えています。とりわけ、東京・大阪・京都のように観光産業が集積する地域以外の多くの地方では、経済効果を生み出すためのリソースそのものが不足しがちであり、地域金融機関との新たな連携のあり方を模索していく必要があるように思います。ただし、その地域金融機関に目を向けると、そう簡単にはいかない実情もあります。

地域金融機関への期待と従来モデルとのギャップ

地域金融機関もまた、地方創生の文脈で大きな期待を寄せられてきた存在です。地域経済を活性化させていくためには、労働生産性の低い業種の生産性を引き上げていくことがひとつの方途とされており、それは地域金融機関自身が持続可能な経営を続けていくうえでも重要だと考えられてきました(※4)。ところが、従来の地域金融機関のビジネスモデルにおいては、生産性の高い優良企業を「目利き」によって見極め、そこに投融資を行っていくことが基本とされてきました。裏を返せば、サービス業、なかでも宿泊業のように労働生産性が低く、財務体質も脆弱になりやすい業種は、十分な支援を受けにくい構造のなかにあったともいえるのではないでしょうか。

こうした状況に対して、制度面の環境整備は着実に進んでいます。2021年の銀行法改正(同年11月施行)により、銀行が子会社などとして保有できる「銀行業高度化等会社」の対象に、地域の活性化や生産性向上に資する会社が加えられ、出資規制(いわゆる「5%ルール」)も緩和されました。認可は必要なものの、こうした地域貢献に資する事業会社への出資が、従来より行いやすくなっています(※5)。地域経済への貢献を目的とした投融資の制度的な間口は、広がってきているといえます。ですが、金融機関は宿泊業をはじめとする観光関連事業者に、なかなか踏み込みきれないことも実情です。この期待と実情のギャップを生み出す要因はどこにあるのでしょうか。ここに、本稿で考えてみたい論点があります。

可視化されない事業性評価〜施設単体の評価には現れない潜在可能性〜

投融資の判断にあたって、金融機関が把握できるのは、基本的には対象となる企業の事業計画と財務状況(担保を含む)に限られます。ここに、観光という産業ならではの難しさがあるように思います。

観光は、個々の企業経営に加えて、より難易度の高い観光地域経営を前提とする営みです。集客も、滞在価値も、ひとつの宿だけで完結するものではなく、地域全体の魅力やその運営のあり方に大きく左右されるためです。企業経営と地域経営は両輪の関係にあるといえます。

ところが、その観光地域経営を裏づけるデータは、従来多くの地域では限られている、あるいは大まかな指標が中心となりがちで、金融機関としては企業単体の財務状況は読み取れても、その企業が立脚している「地域のポテンシャル」を定量的に評価する材料が乏しいということになります。前述のように地方地域の企業への投融資を促す環境は整い始めたとしても、なかなか進まないのも、ある意味で自然なことなのかもしれません。

答えは一つではありませんが、地域の観光産業に資金を呼び込んでいくためには、観光地域としてのデータを、投融資の判断に資するレベルまで精度を高めていくことが求められるのではないかと考えます。そうすることによってはじめて、金融機関は企業単体だけでなく、その企業が根ざす地域のポテンシャルまでを含めて、事業性を評価できるようになるのではないでしょうか。たとえば、来訪者入込数だけではなく、旅行消費額や域内調達率、波及効果等の経済的指標、そして近年の社会的関心を鑑みれば、住民意識や域内雇用、環境や文化資源への寄与等といった地域社会や環境・文化的側面に関する指標も、各地域の特性や育てていきたいブランドにあわせて備えていくことになります。もちろん、そうしたデータを取得し、整えていくためには観光産業サイドでの相当な労力を要します。簡単なことではないと承知のうえではありますが、両者(観光事業サイドと地域金融サイド)の前向きな対話を可能とする共通の指標が求められていると思います。

新しい制度がもたらしうる意味

冒頭で触れた企業価値担保権は、こうした壁を乗り越えていくためのひとつの糸口になり得るのではないかと考えられます。この制度は、不動産などの個別の資産ではなく、将来生み出されるキャッシュフローを含む「事業全体」を担保とするものです。金融機関と事業者の間に、事業の継続と成長という共通の目標に向けた緊密な関係が構築され、情報の非対称性の軽減やメインバンクの明確化が図られることで、事業性を評価する際のデータ不足といった課題にも対応しやすくなることが期待されています(※6)。

事業の将来性に目を向けるということは、金融機関が事業者の事業価値やキャッシュフローに強い関心を持ち、その維持・向上に向けて伴走していく関係を結ぶ、ということでもあります。財務諸表が示す現状だけでなく、事業の将来性を共に見据えていく、こうした軸足の転換は、地域にとって欠かせない役割を果たす宿泊業、あるいは観光地域づくり・まちづくり会社に対しても親和性が高い可能性があるのではないかと感じます。

ただし、制度ができれば自然と資金が動き出す、という単純な話ではないことにも、留意しておきたいと思います。制度を本当に活かしていくためには、事業者と金融機関、そして行政や観光関連組織といった関係する主体間で目線を合わせ、具体的な効果測定を伴った実績を、ひとつずつ積み重ねていく必要があります。当該制度が、前述したような地域全体のポテンシャルを評価として取り込んでいく余地があるかは、現段階では明白ではありません(今後この点についても追っていきたいと思っています)が、そこに期待を寄せるのであれば、観光地域としてのデータ整備と、そして金融機関がリスクを抑えながら事業性評価に踏み込んでいくためにも、企業単体との取引に留まらず行政やその他関係組織を含めた地域ぐるみでの連携が前提になっていくのではないでしょうか。こうした取り組みは、一朝一夕に進むものではなく、地道な積み重ねを必要とするものです。

それでも、こうした制度が生まれたこと自体に意味があると感じています。観光産業と地域金融機関の双方が長く抱えてきた課題が、改めて共有され実装に向けた第一歩が踏み出された、と捉えることができます。実際の観光地域づくりの現場においても、関係各者が同じテーブルにつき、協議を重ね、同じ理念と目線のもとで実働に踏み出すという過程こそが、時間を要するが重要なものであるといえます。

新しい制度の実際の効果が見えてくるのはこれからになります。筆者自身も学びながら、地域に根ざした実例の積み重ねに注目し、自らの立場からその橋渡しに取り組んでいきたいと、あらためて思います。

注・出典

※1 金融庁「企業価値担保権(旧:事業成長担保権)について」 https://www.fsa.go.jp/policy/kigyoukachi-tanpo/index.html /同「制度の概要」 https://www.fsa.go.jp/policy/kigyoukachi-tanpo/seido_gaiyou.pdf (参照2026年5月30日)。根拠法は2024年6月成立の「事業性融資の推進等に関する法律」。
※2 国土交通省観光庁「『観光立国推進基本計画』を閣議決定」(2026年3月27日公表) https://www.mlit.go.jp/kankocho/news02_00077.html (参照2026年5月30日)
※3 観光庁「宿泊施設における生産性向上の促進」(「アフターコロナ時代における地域活性化と観光産業に関する検討会」最終とりまとめ関連) https://www.mlit.go.jp/kankocho/seisaku_seido/kihonkeikaku/jizoku_kankochi/kankosangyokakushin/saiseishien/seisanseikojo.html(参照2026年5月30日)
※4 内野逸勢「地域金融エコシステムの再構築へ ~地域金融の担い手が本格的に多様化する時代が始まるか~」『大和総研調査季報』2017年夏季号(Vol.27)、大和総研、2017年9月1日 https://www.dir.co.jp/report/research/capital-mkt/it/20170901_012254.pdf (参照2026年5月30日)
※5 大和総研「銀行等の業務範囲・5%ルールなどの見直し」(2021年1月26日) https://www.dir.co.jp/report/research/law-research/securities/20210126_022046.html /日本経済新聞「改正銀行法が成立 事業会社への出資緩和」(2021年5月19日) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB18EJL0Y1A510C2000000/ (参照2026年5月30日)
※6 企業価値担保権の活用に向けた勉強会(事務局:一般社団法人全国銀行協会)「企業価値担保権の活用に向けた報告書(2024年度)」(2025年3月27日公表) https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/news/news370327.pdf (参照2026年5月30日)
(参考)宿泊業の倒産・廃業動向については、帝国データバンクの調査等も参考になります(例:帝国データバンク「旅館・ホテルの倒産動向」 https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/p211004.html )。なお本稿では、宿泊業の財務比率の具体的な数値については、年度や集計区分によって変動するため断定的な引用を避け、観光庁資料等が指摘する「低生産性・財務体質の脆弱さ」という構造的な特徴として記述しました。