観光地は「今どの段階」にいるのか—ライフサイクルという補助線からKGI・KPIを考える

KGIのベクトルは「地域」に向かう

2025年、観光庁が「観光地域づくり法人(DMO)によるKGI・KPI計測に係る手引書」(令和7年4月)を公表し、DMOの成果指標のあり方が改めて整理されました。KGIとして旅行消費額と経済波及効果を掲げ、その達成を支えるKPIとして、一人あたり旅行消費額、来訪者満足度、そして「持続可能な観光に対する住民満足度」といった指標が並びます。方向性は国際的な潮流とも合致しており、多次元で成果を捉えようとする姿勢が明確に打ち出されています。

ここで一度、立ち止まり、観光地域マネジメントにおいて求められるKGI・KPIを検討するための、出発点はどこにあるのかという点について考えたいと思います。

とりわけKGI(重要目標達成指標)に目を向けると、その視線の先にあるのは「観光そのもの」というより、「観光を通じて地域がどうなっていくか」というアウトカムです。訪問者数や消費額といった観光の量的成果を超えて、地域経済がどう潤い、住民の暮らしがどう変わり、地域の資源がどう受け継がれていくのか、思考のベクトルは「地域」へと向けられます。

そうであれば、当然の帰結として、設定されるべき目標達成指標は、その地域が今どういう状態にあるかによって異なってくると思います。

フレームワークは「どうしたいか」が定まって初めて働く

KGI・KPIの設定にあたっては、参照できる枠組みが数多く存在します。国内では前述の観光庁の手引書や、世界では、UN Tourism が主導するSF-MST(観光の持続可能性測定のための統計的枠組み)や欧州のETIS(欧州観光指標システム)、GSTC(世界持続可能観光協議会)の基準など、多次元の指標体系が整えられています。これらは、成果を体系的に測るうえで有用なツールだといえます。

ただし、こうしたフレームワークが真価を発揮するのは、「この地域が今どういう状態にあり、これからどうしていきたいのか」が定まってからであると筆者は考えています。指標のリストを前にしても、自分たちの地域がどの局面にいて、何を優先すべきかが曖昧なままでは、どの指標をとるべきか判断の拠り所がない状態となってしまうでしょう。

言い換えれば、問われているのは指標そのものの良し悪しではなく、その観光地が今どの発展段階にいるかによって、重視すべき指標は変わるという、当たり前でありながら見過ごされがちな視点です。その視点において、実務の場で整理するための補助線になり得るのではないかと考えるのが「観光地ライフサイクル(Tourism Area Life Cycle、以下TALC)」です。

観光地ライフサイクル(TALC)とは

TALCは、地理学者R.W.バトラーが1980年に提唱したモデルです(Butler 1980)。製品ライフサイクルの考え方を観光地に応用し、観光地の発展を、探検期(exploration)→参加期(involvement)→発展期(development)→確立期(consolidation)→停滞期(stagnation)という段階で描き、その後は「再生(rejuvenation)」か「衰退(decline)」に分岐する、と整理しました。横軸に時間、縦軸に観光客数をとると、全体としてS字のカーブを描きます。

FIGURE 1 . Hypothetical evolution of a tourist area. (For explanation O f A-E see ‘Implications.’)
source: Butler 1980

バトラーは論文に「Implications for Management of Resources(資源管理への示唆)」という副題を付けていました。TALCは、観光地の盛衰を眺めるための記述モデルではなく、もともと地域の資源をどう管理するかを考えるためのツールだったとも言えます。

もっとも、TALCは、観光地の予測ツールのように扱うものではありません。段階の境界を客観的に見極めるのは難しく、モデルとして操作可能なのかという批判も長く続いてきたようでした。ですので、本稿では、TALCを未来を言い当てる予測モデルとしてではなく、「この地域は今どのあたりにいて、次に何が起こりうるか」を関係者間で議論するための共通言語、いわば診断の補助線として捉えます。段階の名前は精密な座標ではなく、論点を可視化するためのものと割り切ると言っても良いかもしれません。

段階に応じて指標の「重心」を移す

この補助線を、観光庁の新しいKPI体系に重ねてみます。すると、多次元の指標もTALCの各段階に対応することが見えてきます。あくまで一つの解釈ですが、実務の整理としては次のように置けるでしょう。

観光の受け入れ体制を築いている「発展期」から「確立期」にかけては、指標の重心が「訪問者数」から「消費額」へと移っていきます。ここで効いてくるのが、今回新たに必須化された「一人あたり旅行消費額」です。あわせて、手引書ではDMOが独自に設定する指標として稼働率やオフピーク比率が例示され、実務ではADR(平均客室単価)なども併せて用いられます。海外では、オーストラリア政府観光局(Tourism Australia)が国家戦略THRIVE 2030で訪問者数(Volume)より訪問者消費額(Yield)を主要指標に据え、米国のVisit Napa ValleyがADRや宿泊税収を軸に据えるなど、まさにこの「量から質」への転換を体現しています。「量から質へ」の転換点にある多くの日本の観光地にとって、一人あたり旅行消費額の必須化は、時宜を得たものと読めます。

一方、混雑や地域摩擦が顕在化する「停滞期」に達した地域では、重心はさらに「住民QOL・需要の管理・分散」へと移ります。新設された「持続可能な観光に対する住民満足度」や「月別来訪者数の平準化率」がここに対応し、KGIの経済波及効果も、観光が地域経済に与える裨益を測る指標として重みを増します。ハワイ州観光局(Hawai’i Tourism Authority)が住民満足度(Resident Sentiment)を4つの主要KPIの一つに据え、アムステルダム市が「Tourism in Balance」を掲げて訪問者数の最大化から住民の生活の質へと軸足を移したことも、同じ論理に基づいていると考えられます。住民満足度の必須化は、日本の一部地域がこの局面に入ったことへの政策的な応答と見ることもできるでしょう。

そして刷新とニッチ市場への転換が問われる「再生期」では、GSTC認証やサステナビリティの実践指標、高付加価値旅行者数、再訪意向といった指標が舵取りを支えます。アグルワルは、停滞から衰退へ、直線に落ちるのではなく、その手前に「再方向づけ(reorientation)」の局面を挿入すべきだと論じました(Agarwal 2002)が、そこに対して有用な指標だと捉えられます。

一つの地域に、複数のサイクルが同時に走っている

ここで、もうひとつ論点を加えたいと思います。近年のTALC研究では、一つの観光地の中に複数のライフサイクルが同時に存在する、という見方が広がっています(Butler ほか)。市場セグメントごと、あるいは観光商品ごとに、成長中のもの・ピークを迎えたもの・衰退しつつあるものが併存している、という捉え方です。

地理学者ルンドグレンによる実証研究(Lundgren, 2006)は、これを鮮明に示しています。カナダ・ケベック州の東部丘陵地帯(Eastern Townships)では、観光の目玉が河川のアクティビティから湖岸へ、さらに山岳(スキー)へとスムーズに世代交代していったことが、中長期にわたる地域全体の成長を支えていました。

ここで大切なのは、これが商品の使い捨てという話ではない点です。地域の本質的な魅力は変えず、それを観光客に届けるための手段を、時代と客層に応じて更新していく。そう捉えるべきでしょう。変わらない地域の魅力に、どう新しい光を当て続けるか、という話だといえます。

この視点は、KPI設計にそのまま効く

複数サイクルという見方は、KPIの設計に直接効いてきます。

たとえば、特定のスポットへのオーバーツーリズムが常態化した地域。このとき求められるのは、その需要を他所へ分散させる取り組みと、同時に、新たな市場(=新しい需要と供給の組み合わせ)を創り出す取り組みです。つまり、オーバーツーリズム対策と新マーケット創出という両輪を、それぞれ別の指標で捉える必要が出てきます。

そしてもう一つ。DMOの成果指標は、地域全体の集計値だけでなく、主要なセグメントやテーマ・コンテンツごとに「今どの段階にあるか」を捉える解像度を持たせたいものです。ある目玉商品がピークを迎えた頃には、すでに次の一手のモニタリングが始まっている、そのくらいの構えが、中長期の観光地経営には求められるのではないでしょうか。

さいごに——地図としてのTALC

KGI・KPIの設定は、観光地域の事業計画において重要なピースです。しかし現場では、その設定や測定自体が目的化してしまうことが少なくないとも思います。これは観光だけのことではないですが、一度決めた指標を守ることに気を取られ、地域の状態が変わっても指標が据え置かれたまま、ということが起こりがちかもしれません。地域の状態に合わせて、指標を柔軟に調整し、移行させていく意識こそが大切だと感じます。

そもそも観光地は動態的なものであり、多様なステークホルダーが関わり続けながら、絶えず姿を変えていきます。だからこそ、こうした地域の特性と「今ある状態」を見とるための地図、あるいは考えるための補助線として、TALCのような枠組みを関係者間の共通認識として持っておくと、議論が進みやすくなるのではないでしょうか。

観光地ライフサイクルは1980年に提唱されたモデルですが、いまなお多くの研究や実践で参照されています。今回は観光地域マネジメントにおける成果指標や目標指標を定めるための補助線として取り入れてみました。地域の現状に合わせた柔軟な視点を持っていくために示唆を与えてくれるのではないでしょうか。


※本稿はTALCを実務的な思考の補助線として用いる立場で書いたものであり、モデルの学術的な当否そのものを論じるものではありません。

主な参照文献

(本稿の中で言及した海外DMO事例の主な出典)

  • Hawaii Tourism Authority「Strategic Plan 2020–2025」
  • City of Amsterdam / amsterdam&partners(Tourism in Balance、Tourism Vision 2035)
  • Tourism Australia「THRIVE 2030」
  • Visit Napa Valley「Annual Plan FY25」