正しさの手前に、「誰の言葉か」という視点を

地域の歴史や文化を独自の魅力として活かそうとする取り組みは、多くの地域でなされていることだと思います。古い街並み、受け継がれてきた祭りや慣習、暮らしのなかに根付く営み・生活文化など、こうした生きた文化は、他の地域から来訪者を惹きつけるほどの魅力を持っています。しかしながら、いざその魅力を言葉にし、説明し、発信しようとすると、思いのほか難しい局面に突き当たることも少なくないと思います。

「正しさ」を求めると行き詰まる

何かを表現しようとする際、私たちは当然ながら「何が真実なのか」「何が正しいのか」ということを考えます。もちろん事実に基づくことは大前提ですし、非常に重要なことです。けれども、特に歴史や文化の語りにおいて「正しさ」だけを求めてしまうと、軸を見失い、結果として表現しきれない難解なものとなってしまう、ということもあるのではないでしょうか。

様々なご意見があると思いますし、筆者自身不勉強なところも大いにあると思いますが、筆者の現時点での考えは、歴史は変わり続けるものであり、今この瞬間もその一途を刻み、やがて歴史になっていく、そして、私たちがいま辿ることのできる歴史は、当時記述され、残されてきたものであり、そこで拾われなかった事象は山ほどあるというものです。誰が、どのような立場で書き残したのか。何が記録され、何が記録されなかったのか。そう考えていくと、「唯一の正しい語り」を確定させることの難しさを感じてしまうところです。

ここで拠り所の一つとなり得るのが、「何」ではなく「誰」という視点ではないかと思います。「誰の捉え方なのか」「誰の言葉なのか」という点です。

「語り手」と「繋ぎ手」という視点

地域の文化を世の中に届けるとき、そこには大きく分けると、二つの異なる役割が存在しているように思います。

一つは、その文化の当事者。すなわち、その地域の文化を先代から引き継ぎ、その重みを背負いながら今の文化を担い・創り、次世代へと継承してきた・していく方々です。こうした方々がいるからこそ、冒頭で述べたような地域固有の魅力の源泉が耕されていると思います。そして、もう一つは、その文化を世の中へと繋ぐ役割です。企画・編集、プロモーション、あるいは当該文化の保全や活性化のための取り組みもあるでしょう。

このように、「語り手」と「繋ぎ手」は明確に異なる役割を担っており、そして、いざ「観光」という領域になると、どちらも欠かせない貴重な役割です。この二つの役割、そしてその担い手を意識すると、前段で述べたような難解な局面にも微かながら糸口が見出されることもあるのではないでしょうか。

具体的にどうできるか?のヒント

こうしたことを考えていた折、米国オレゴン州ポートランドの施策を学ぶ機会がありました。

ポートランドの観光推進組織であるTravel Portlandが公表している戦略計画(2024年7月〜2026年6月)は、組織の使命やビジョンを述べるより先に、土地の認識表明(Land Acknowledgement)と題された一頁から始まります。そこにはこう記されています(※1、日本語訳はAI翻訳)。

Travel Portland, “Travel Portland Strategic Plan: July 2024 – June 2026″(2024年5月28日), Land Acknowledgement 頁

ポートランド都市圏は、マルトノマ族、カスラメット族、クラカマス族、チヌーク族、テュアラティン・カラプヤ族、モララ族、その他多くの部族やバンドの伝統的な村落跡地に位置しています。

何千年もの間、これらの集団はコロンビア川やウィラメット川沿いにコミュニティや夏の野営地を築き、この地域の豊富な天然資源を収穫し利用してきました。

1830年のインディアン強制移住法および1850年のオレゴン寄付土地法は、これらの部族を強制的に排除し、白人入植者に無償で土地を提供しました。入植者たちは現在のポートランド全域を含む250万エーカーもの部族の土地を急速に所有権主張しました。現在、ポートランドの都市部先住民コミュニティが約400の部族からなる7万人近い人々を含んでいることは、先住民族の回復力(レジリエンス)の証です。

トラベル・ポートランドはこの機会を借りて、この歴史を認識し、地域のネイティブ・アメリカン・コミュニティに敬意を表するとともに、この土地の本来の管理者たちに感謝を捧げます。

連なる歴史のなかで行われてきたこと、いまでは過ちと認識されるかもしれない経緯が、隠さずに書かれています。そのうえで、この土地の本来の管理者は誰であったのかを述べ、感謝を捧げて閉じています。

観光の文脈で発信を担う組織が、事業方針を述べる文書の冒頭にこれを置く。Travel Portlandの強い意志が書面の向こうから温度を伴って伝わってくるようにも感じました。本稿の文脈に引き寄せると、こうした表明を明記する判断自体が、「この土地について語るとき、その語りは誰から始まっているのか」を自らに課しているかのようにも読めます。

同じ戦略計画のなかで、Travel Portlandは動画コンテンツを通じた発信への投資方針を掲げています。その投資対象は、BIPOC(Black, Indigenous, and People of Color。黒人・先住民・有色人種を指す語)やLGBTQ+のクリエイター、ストーリー、そして被写体である、と明記されています(※2)。作り手、語られる内容、語られる主体。この三つが並べて書かれています。

例として示されているのは、オレゴンの黒人音楽史を記録・保存してきた地域団体Albina Music Trustを取り上げた映像です(※2)。地域の文化を長く担ってきた当事者が、その文化について語る。Travel Portlandはその場をつくり、外へと繋いでいる、という構図です。

同組織はまた、Multicultural Tourism Advisory Committee(多文化観光諮問委員会)の設置を戦略計画に位置づけています(※3)。地域の多様なコミュニティが観光経済から便益を受けられるようにするための取り組みの一つとして挙げられているもので、地域の当事者の視点を、発信の内容だけでなく組織の意思決定の側にも組み込もうとする姿勢が読み取れます。

そして同組織は、自らを「進化する都市とその進歩的な価値観のプロモーターでありスチュワードである」と規定しています(※4)。文化そのものの創り手を名乗るのではなく、それを推進し、預かり、繋ぐ役割として自らを位置づけている、とも読めます。

冒頭で歴史への認識と敬意を表明し、その姿勢を、発信の投資先の選び方にも、意思決定の場の設え方にも、そして自らの役割規定にも通している。表明と施策が一本の線で繋がっているところに、この計画書の重みがあるように感じました。

おわりに

日本の各地域でも、地域の歴史や文化とどう向き合うかを丁寧に考えておられる取り組みは数多くあると思います。

今回は、Travel Portlandの事例を一例として取り上げさせていただきました。この事例から私が受け取ったのは、「誰に語ってもらうか」「自分たちはどの役割を担うのか」を明文化し、個々の施策にまで通していくという構えでした。それは地域の文脈が違っても、自らの実践を振り返る際の手がかりとして持ち帰ることができるのかもしれません。

「何が」ではなく「誰が」。そして、それぞれ異なる役割を担う人たちがいるからこそ成り立つ。行き詰まった際、少し視点をずらしてみると、考える頭と心の余白が生まれるかもしれません。


出典・参考

※1 Travel Portland, “Travel Portland Strategic Plan: July 2024 – June 2026″(2024年5月28日), Land Acknowledgement 頁. 訳は筆者による抄訳。(※2026年6月29日に2026-2028の新戦略が公開されている:https://www.travelportland.com/about-us/business-and-financials/

※2 同上, “Driving Engagement” 頁(BIPOCおよびLGBTQ+のクリエイター・ストーリー・被写体への投資、およびAlbina Music Trustを扱った映像コンテンツの記載).

※3 同上, “Strengthen Local Engagement & Collaboration with Diverse Communities to Advance Tourism Goals” 頁(Multicultural Tourism Advisory Committee (MTAC) の実施に関する記載).

※4 同上, “About Us” 頁(Our Vision における自組織の規定).


アイキャチ画像は「UnsplashPatrick Tomassoが撮影した写真のイラスト素材」